EP 6
「ダービー崩壊! おじさんとメロンの駆け落ち」
パープーッ!!
魔皇国闘技場に、レースの開始を告げる甲高いファンファーレが鳴り響いた。
「スタートしました! アバロン魔皇国が誇る『ジオ・リザード親善ダービー』! 各馬、一斉にゲートを飛び出していくぅっ!」
実況の魔族がマイクに向かって絶叫する。
土煙を上げ、何十頭もの屈強な走竜たちが猛烈なスピードでコースへと駆け出していった。
「おおっ! いきなり先頭に躍り出たのは、ルナミス帝国代表・オルフェウス大公と漆黒のシュバルツだぁっ! なんという圧倒的な加速! 他の走竜を全く寄せ付けません!」
観客席から「おおおおっ!」とどよめきが上がる。
無理もない。私のあげた『最高級・甘熟ニンジン』で胃袋を満たし、心身ともに絶好調のシュバルツは、本来のポテンシャルを120%引き出していた。オルフェウス様の完璧な手綱捌きも相まって、まさに人馬(竜)一体。その走りは芸術的でさえあった。
「ふふっ、さすがオルフェウス様。かっこいい……」
私はVIPルームの窓から身を乗り出し、うっとりと手を組んだ。
「チッ、大公の野郎、見事な騎乗だが……我が魔皇国の本命、ベテラン騎手のガルドが黙っちゃいないぞ。ガルド! さっさと大公を差し切れ!」
隣でルーベンス将軍が、イモッカのグラスを片手にギリッと歯ぎしりをする。
彼の言う通り、魔皇国のエース騎手である屈強な魔族の男、ガルドが騎乗する巨大な赤い走竜が、オルフェウス様の背後にピタリとつけていた。
――しかし。
そのガルドの様子が、どうもおかしい。
手綱を握りながら、彼は自分の胸ポケットにねじ込んだ『ピンク色の果肉』――パドックで商人に配られたあの【クイーンメロロン】の欠片を、うっとりとした虚ろな目で見つめていたのだ。
『……ガルド。今日も頑張ってるわね。偉い、偉いわ……♡』
「ああっ……メ、メロロン……」
爆走する走竜の上で、ガルドの脳内に直接、極上に甘い女性のテレパシーが響き渡っていた。
クイーンメロロンによる、致死量のカウンセリングと過剰な母性(メロン性)。
厳しい軍の規律と、家に帰れば「給料が安い」と文句を言う妻に挟まれ、長年すり減っていた歴戦の騎手の心は、レース直前に食べたその一口で、完全に果肉の虜になってしまっていたのだ。
『あなたは悪くないわ。いつも一生懸命走ってるもの。……ねえ、今日はもう、全部忘れて私に甘えていいのよ? 他の誰でもない、あなただけの私なんだから……♡』
「う、うおおおお……っ! メロロン! 俺を認めてくれるのは、お前だけだぁぁっ!」
ガルドの目から、ブワッ!と大粒の涙が噴き出した。
次の瞬間である。
彼は突如として走竜の手綱を力任せに引き絞り、猛烈な勢いで急ブレーキをかけた。
「なっ!? ガルド!?」
ルーベンス将軍が、グラスを取り落としそうになって叫ぶ。
ガルドは猛スピードで走るレースの隊列から離脱すると、なんと走竜を180度Uターンさせ、コースを『逆走』し始めたのだ。
「ええええぇぇぇっ!?」
実況が素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「ほ、本命のガルド選手! 一体どうしたことか、突然コースを逆走し始めました! どこへ向かうというのかーっ!」
「俺はもう、レースなんてどうでもいい! 将軍、すまねぇ! 俺は……俺はこいつ(メロン)と一緒になるんだぁぁぁっ!!」
ガルドは胸元の果肉を大事そうに抱きしめながら、競馬場全体に響き渡る声で絶叫した。
「軍も辞める! 女房とも別れる! 俺は誰も知らない遠い田舎で、このメロロンと一緒に畑を耕して、静かに暮らすんだよおおおぉぉっ!!」
競馬場が、一瞬にして静まり返った。
何万という観客が、ぽかんと口を開けて、コースを逆走していく『おじさんとメロンの不倫駆け落ち』という、前代未聞の超絶シュールな光景を見送っている。
「……は?」
ルーベンス将軍は、完全に思考が停止し、口からイモッカをタラァッとこぼした。
「お、俺のエース騎手が……メ、メロンと、駆け落ち……?」
「わあー! おじちゃん、メロンさんとお幸せにねー!」
リンが窓から身を乗り出して、無邪気に手を振っている。
「……あ、アマネさん。人間界の愛の形というのは、果物すらも超えるのですね。天界の書物には、あのような『種族を超えた禁断の愛』は載っておりませんでした……っ」
ヴァルキュリアさんが、なぜか感動したように両手を組み合わせ、涙ぐんでいるではないか。
「ち、違いますヴァルキュリアさん! あれは愛じゃなくて、ただの魔農産物による精神汚染です!」
私は慌てて否定し、顔面を蒼白にしているルーベンス将軍に向かって深々と頭を下げた。
「ほ、本当に申し訳ありません将軍……! おそらくあれは、我がルナミス帝国の農家のおじさんたちを次々と狂わせ、家庭崩壊を引き起こしている最悪の人生クラッシャー果実、『メロロン』です……っ。まさか、あんな危険物が密輸されていたなんて……」
「じ、人生クラッシャー果実!? なんだその、ふざけた名前の超一級呪物は! なぜお前たちの国は、そんな恐ろしいものを栽培しているんだ!」
ルーベンス将軍は頭を抱え、胃薬を探すようにポケットをまさぐり始めた。
私が手を下したわけではない。
すべては、悪徳商人が自分の利益のために、あのパドックで『メロロン』を対抗馬の騎手たちに配った自業自得の結果だ。
彼らは、騎手の体調を崩す程度の妨害を狙っていたのだろうが、「完熟したクイーンメロロン」の破壊力を完全に舐めていたのだ。
「ぎゃははははっ! なんだあれ! メロンと駆け落ちだってよ!」
「おいおい、ガルドの嫁さんが観客席にいるぞ! めっちゃキレてる!」
「いいぞー! やれやれー!」
静まり返っていた競馬場は、やがて腹を抱えて笑い転げる観客たちの、割れんばかりの大爆笑の渦に包まれた。
神聖なる親善ダービーの空気は完全に崩壊し、ただの巨大な「ギャグ時空(お笑いライブ)」へと変貌してしまったのだ。
*
【幕間:悪徳商人の絶望】
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
パドックの裏で、その様子を魔導モニターで監視していた悪徳商人は、目玉が飛び出るほど驚愕し、自分の髪の毛を掻きむしっていた。
「バ、バカな! ガルドは私が大金を賭けた本命馬だぞ! なぜ逆走する! 腹を壊すだけのはずだろうが!」
彼が配ったメロロンは、本来大公の対抗馬を潰すためのものだった。しかし、欲をかいた商人が「念のため本命のガルドにも、少しだけ活力を与えておこう」と、少量だけ配ってしまったのが命取りとなった。
「お、おい! まだだ、まだ終わらん! 他の対抗馬の騎手たちには『折れたス』を食わせた! 彼らが崩れれば、大穴の三番人気が勝って、私の計画通りになるはずだ……!」
商人は血走った目でモニターを睨みつける。
しかし、彼が仕掛けた『もう一つの絶望の罠』が、このギャグ空間をさらに地獄のような阿鼻叫喚へと叩き落とすことを、彼はまだ分かっていなかった。
強欲な男の立てた完璧な八百長計画は、アマネの生み出した『規格外の魔農産物』の前に、もろくも崩れ去ろうとしていた。
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