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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 3

「合流する親友たちと、競馬場屋台の誘惑」

 アバロン魔皇国が誇る巨大な闘技場、兼・競馬場施設。

 明日に控えた『ジオ・リザード親善ダービー』に向けて、会場周辺はすでに前夜祭のような熱気に包まれていた。黒曜石の石畳の通りには、魔族や獣人たちが開く多種多様な屋台がズラリと並び、香ばしい肉の焼ける匂いや、陽気な音楽が鳴り響いている。

「わあぁっ! お姉ちゃん、あっちでお肉焼いてる! すっごくいい匂い!」

「ふふっ、リン、走ると迷子になっちゃうわよ」

 オルフェウス様は現在、ルーベンス将軍と共に両国の公式な軍事会談(という名の、しじみ汁で胃袋を掴まれた将軍との和やかな情報交換)に出席している。

 そのため、私とリンは護衛の騎士たちを少し離れた場所に待機させ、二人きりで魔皇国の屋台巡りを楽しんでいた。

 前世で限界OLだった頃。

 仕事帰りに神社の夏祭りの横を通り過ぎたことがあった。楽しそうに笑い合うカップルや家族連れを横目に、私はコンビニの袋を提げて、一人で暗いアパートへと帰るだけだった。「お祭りなんて、私には縁のない世界だ」と、疲れた心に蓋をして。

 けれど今、私の隣には手を引いてくれる可愛い親友がいて、周囲の魔族たちも私たちに気さくに笑いかけてくれる。こんなにも温かいお祭りの景色を、私は初めて知った。

「――あ、アマネさんっ! リ、リンちゃん!」

 不意に、人混みの中から悲痛な声で私の名前を呼ぶ者がいた。

 振り返ると、そこにいたのは、目立たないようにすっぽりと灰色のローブを被った、一人の女性だった。しかし、そのローブの隙間からは、白銀の美しい髪と、隠しきれない神々しいオーラが漏れ出している。

「ヴァルキュリアさん!?」

「金ピカお姉ちゃん! どうしてここにいるの!?」

 天界の監査官であり、私たちの『ずっ友』である最強の聖騎士・ヴァルキュリアさんが、なぜか両手に大量の紙袋を抱えて、フラフラと歩み寄ってきたのだ。

「はわわ……まさか、魔皇国でアマネさんたちにお会いできるなんて……私、今、感動で泣きそうです……っ」

 ヴァルキュリアさんは私の顔を見るなり、ポロポロと涙をこぼした。

「どうしたのですか? 天界のお仕事で、魔皇国に監査へ?」

「い、いえ……。実は、ルチアナ様からのお使いで……魔王ラスティア様に、地球の『朝倉月人君の限定アクリルスタンドと、ライブDVD』を内緒でお届けに来たのです……」

 ヴァルキュリアさんは、抱えている紙袋を恨めしそうに見つめた。

「ルチアナ様ったら、『魔王ちゃんにこれ渡しといて! あと帰りに魔皇国限定のスイーツも買ってきてね! 領収書は天界の経費で落とすから!』などと無茶振りを……! 私はパシリではありませんのに……っ!」

 どうやら、天界のトップであるルチアナ様と、魔皇国のトップであるラスティア様は、地球の男性アイドルを推す「オタ活仲間」らしい。そして真面目なヴァルキュリアさんは、その二人の個人的なやり取りの板挟みにされ、パシリとして異国まで遣わされていたのだ。

「まあ……それは、本当にお疲れ様です」

 私は深く同情し、ヴァルキュリアさんの背中を優しく撫でた。中間管理職の悲哀は、世界を超えても変わらないらしい。

「ちょうど良かったです。ヴァルキュリアさんも、一緒にお祭りの屋台を回りましょう。美味しいものを食べれば、きっと元気が出ますよ」

「えっ……よ、よろしいのですか? 私なんかが、お二人の楽しいお時間に混ざっても……」

「水臭いこと言わないで! だって私たち、ずっ友でしょ!」

 リンがヴァルキュリアさんの手をギュッと握ると、彼女の瞳がパァッと明るく輝いた。

「はいっ……! アマネさん、リンちゃん……私、やっぱりお二人のことが大好きです!」

 こうして、大公妃(予定)と第六聖獣と天使族長という、文字通り世界最強の女子三人組による、屋台での買い食いツアーが始まった。

「お姉ちゃん、あの『トライバードの串焼き』が食べたい!」

「ええ、買いましょう」

 私は魔族の店主から、大きく切られた鳥肉が刺さった熱々の串焼きを三本買った。

 そして、脳内で【善行ポイント通販】を開く。旅行中もコツコツとポイントを貯めていたので、残高は余裕だ。

 私は地球の『秘伝・絶品にんにく醤油ダレ(10pt)』と、歩き疲れた体に染み渡る『キンキンに冷えた黒烏龍茶(15pt)』を取り出し、皆の串焼きにタレをサッと塗った。

「わあぁ……! なんですか、この食欲をそそる芳醇な香りは……!」

 ヴァルキュリアさんが目を丸くする。

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

 私たちが一口かじると、トライバードの弾力のある肉汁と、地球の甘辛いにんにく醤油ダレのパンチが、口の中で完璧なハーモニーを奏でた。

「おいしぃぃーっ! お姉ちゃん、これ最高だよ!」

 リンが口の周りをタレだらけにしながら、満面の笑みで串を頬張る。

「……素晴らしいです。ルチアナ様の無茶振りで荒んでいた心が、この温かいお肉と、冷たいお茶で完全に浄化されていきます。アマネさんは、やはり歩く女神ですね……」

 ヴァルキュリアさんも、ローブのフードを少し下げ、心底幸せそうに目を細めていた。

「ふふっ、二人とも、タレがついているわよ」

 私はハンカチでリンとヴァルキュリアさんの口元を拭ってあげた。

 三人で肩を並べて、美味しいものを「美味しいね」と笑い合いながら食べる。

 前世では手に入らなかった、ごく普通の、けれど何よりも尊い「友達と過ごす温かい時間」。

 私は、自分が今、本当に幸せな居場所にいることを噛み締めていた。

 明日のダービーも、きっとこの調子で、楽しい思い出になるに違いない。

 ――しかし。

 私たちがそんな平和な女子会を満喫していた、その裏側。

 闘技場の地下深く、出走馬であるジオ・リザードたちが繋がれている薄暗い飼料庫では、どんよりとした邪悪な笑い声が響いていた。

     *

【幕間:悪徳商人と、破滅の農産物】

「クックックッ……ルーベンス将軍め、私が単なる疲労回復ハーブを仕入れたと信じ切っておるわ。本当にチョロい男だ」

 薄暗い飼料庫の中で、ゴルド商会の名を騙る悪徳商人が、密輸した大量の木箱の前で下劣な笑みを浮かべていた。

 木箱の中には、アマネの大公邸から闇ルートで流出してきた、あの最悪のトラウマ野菜『折れたス』がギッシリと詰まっている。

「将軍は、この『折れたス』を我が魔皇国の馬に食わせろと命じたが……馬鹿め。そんなことをすれば、馬の疲労は抜けても、我が魔皇国が勝ってしまうではないか。私が儲けるためには、大穴である『三番人気の馬』を勝たせなければならないのだ」

 商人は、木箱から『折れたス』を数株取り出し、それをルナミス帝国のオルフェウス大公が騎乗する馬や、魔皇国の本命馬の飼料桶へと次々に混ぜ込んでいった。

「そして、騎手や審判たちを確実に私の言いなりにするための、最強の賄賂……」

 彼が別の箱から取り出したのは、黄金色に輝く魅惑的なトウモロコシ――『ずっ友ロコシ』だった。

 これを半分にして分け合えば、どんな相手ともズブズブの癒着関係(ずっ友)になれるという、汚職にまみれた魔農産物である。

「さらに、対抗馬の騎手たちの精神を完全に狂わせるための、とっておきの隠し玉も用意してある」

 商人の後ろには、ポヨン、ポヨンと不気味に揺れながら、甘ったるい香りを放つ巨大なメロンが鎮座していた。

 人生クラッシャーの異名を持つ魔性の果実、『メロロン』の完全熟成個体クイーンメロロンである。

 すでに「私、あなたが来るのを待ってたの……♡」と、箱の中から極上の甘いテレパシーを放っており、商人は鼻栓と耳栓をしてなんとか正気を保っていた。

「ふははははっ! これで明日のダービーは、完全に私の支配下だ! 『折れたス』で本命馬の騎手たちを潰し、『メロロン』でライバルを狂わせ、『ずっ友ロコシ』で審判を買収する! 大公の馬も惨敗し、私は莫大な富を手に入れるのだ!」

 悪徳商人の高笑いが、地下の飼料庫に虚しく響き渡る。

 彼は知らなかったのだ。

 自分が手にしたものが「便利な工作道具」などではなく、食べた者の社会人としてのプライドを根底からへし折り、不倫駆け落ちへと誘い、最終的にすべての責任を押し付けて自滅させる、アナステシア世界最悪の『精神破壊セット』であることを。

 強欲な男が自ら仕掛けた地雷原。

 平和なダービーが、前代未聞の阿鼻叫喚のギャグ時空へと変貌するカウントダウンは、すでに最終段階へと突入していた。

お読みいただきありがとうございます!


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