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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 9

「有能な男の看取り方と、極上の甘み」

 帝都のコンペティション会場を震撼させた『お祈りパニック』から、数日が過ぎた。

 大公邸のサロンに届いた報告書によれば、ボルドー伯爵と私の父、ヴァイオレット伯爵の派閥は、完全に瓦解したらしい。

 彼らが持ち込んだ『折れたス』――絶望のテレパシーによって、多くの軍幹部やエリート官僚たちが幼児退行や引きこもりを発症。コンペを台無しにした責任と、大公邸の菜園から無断でハーブを強奪した窃盗罪が問われ、二人は社交界から完全に追放された。

 彼らが強欲に握りしめていた農務利権や領地の大半は、帝国の適正な審査の結果、軍事と兵站の最高責任者であるオルフェウス大公の管理下へと移ることになったそうだ。

「……ふふっ、本当に、彼らは自らの手で破滅への扉を開けてしまったのね」

 私はサロンの窓から平和な中庭を眺めながら、静かに紅茶のカップを置いた。

 前世のブラック企業では、手柄を奪う狡猾な上司がのうのうと出世し、真面目に働く者ばかりが割を食っていた。それが世の中の理不尽なのだと、ずっと諦めていた。

 でも、本当は違ったのだ。他人の成果を力ずくで奪い、見返りだけを求める強欲な者は、いずれ必ず自分自身の「思いやりのなさ」と「見極めの甘さ」によって自滅する。

 私は誰も蹴落としていないし、復讐の罠も張っていない。ただ、大公邸の皆のために善行を積み、トラウマ野菜を放置しただけだ。それだけで、過去の私を縛り付けていた鎖は、すべて跡形もなく消え去ってしまった。

「――アマネ、一人か?」

 静かな足音と共に、サロンの扉が開いた。

 軍務から帰還したばかりのオルフェウス様が、軍服の襟元を少し緩めながら入ってくる。

 連日の事後処理や、新たに転がり込んできた利権の管理で、少し疲労が溜まっているのが目元から窺えた。

「オルフェウス様、お疲れ様です。……お仕事、大変でしたか?」

「いや。ボルドーたちの残した不正の膿を出し切るのに少し手間取ったが、有益な領地と販路を大公家のものとして確保できた。これで、君の元実家が君に煩わしい接触を図ってくることも、二度とないだろう」

 彼は私の隣のソファに深く腰を下ろし、ホッと息を吐き出した。

「オルフェウス様。今日は、私が特別なお酒をお作りしますね。少しお待ちください」

 私は微笑んで立ち上がり、脳内で【善行ポイント通販】を開いた。

 昨日も屋敷のメイドたちに手作りのクッキーを配ったりしたおかげで、ポイントは十分に貯まっている。

 私は、地球の『最高級の琥珀色サケスキー(20pt)』と、疲労回復と滋養強壮に効く『極上・陽薬ブレンド茶(10pt)』を取り寄せた。そして、氷を浮かべたクリスタルのグラスに、サケスキーと陽薬茶を絶妙な割合で注ぎ入れる。

 芳醇な樽の香りと、薬草の爽やかで甘い香りが、サロンにふわりと広がった。

「これは……酒か? だが、とても良い香りがする」

「『サケスキーの陽薬茶割り』です。強いお酒ですが、このお茶で割ることで悪酔いせず、体の芯から疲労を取り除いてくれるんですよ。……いつも私のために動いてくださるオルフェウス様に、私からのささやかなお礼です」

 私がグラスを両手で差し出すと、彼は少し驚いたように紫の瞳を見張り、やがてたまらなく愛おしそうに目を細めてそれを受け取った。

「……美味い。五臓六腑に染み渡るようだ」

 一口飲んだオルフェウス様が、深く、満ち足りた吐息をこぼす。

「君は、本当に魔法使いだな。私の抱える疲労も、殺伐とした軍務の重圧も、君が淹れてくれる一杯の茶や酒で、すべてが綺麗に溶けていく」

 彼はグラスをテーブルに置くと、私の左手を取り、そこに光るダイヤモンドの婚約指輪にそっと触れた。

「アマネ。君を、正式に私の『大公妃』として迎え入れる準備が整った。君の元実家も失脚し、もう君の経歴にケチをつける者など帝国のどこにもいない。……これからは、この大公邸の真の女主人として、私の隣で永遠に笑っていてくれないか」

 低く、けれど絶対の誓いを込めた甘い声。

 帝国最強の男である彼が、私というただ一人の女性の存在を、これほどまでに慈しみ、必要としてくれている。

「……はいっ。私でよろしければ、どうかずっと、おそばに置いてくださいませ」

 私が顔を赤くして頷くと、オルフェウス様は私をそっと引き寄せ、その逞しい腕の中に私を閉じ込めた。

 私の髪を撫でる彼の手の温もりと、サケスキーのほのかな香りが混ざり合い、胸の奥が甘く痺れる。前世の限界OLだった頃には絶対に知ることのなかった、極上の溺愛。

「ふふっ……お兄ちゃん、お顔がニヤニヤしてるよー」

「リ、リンちゃん! しっ、今は神聖な愛の誓いの最中ですから、静かに……はわわっ、お二人とも見つめ合って……!」

 不意に、サロンの入り口の扉の隙間から、クスクスという笑い声とヒソヒソ声が聞こえてきた。

 見れば、扉の影から、おやつのプリンの空き皿を持ったリンと、顔を真っ赤にして両手で目を覆いながら指の隙間からこちらをガン見しているヴァルキュリアさんが覗き込んでいるではないか。

「ひゃっ……リ、リン、ヴァルキュリアさん! い、いつからそこに……!」

 私は慌ててオルフェウス様の胸から離れようとしたが、彼の腕はがっちりと私の腰をホールドしたまま離してくれない。

「構わん。私の妻がどれほど愛らしく、私がどれほど君に夢中か、屋敷の者全員に見せつけてやってもいいくらいだ」

「オ、オルフェウス様っ、恥ずかしいです……っ!」

 堂々たる大公の溺愛宣言に、私の顔は火の出るように熱くなった。

「あははっ! お姉ちゃん、お顔がりんごみたいに真っ赤ー!」

 リンがキャッキャと無邪気に笑いながら駆け寄ってきて、私の膝に飛び乗ってくる。

「いいなー! 私もお姉ちゃんのこと大好きだもん! ずっと一緒にいるんだからね!」

「……ええ。私も、アマネさんの淹れてくださるお茶と、その深い慈愛の心に、すっかり虜になってしまいました。天界の激務に戻るのが、本当に惜しいくらいです」

 ヴァルキュリアさんも、美しい白銀の翼を揺らしながら、穏やかな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

 最強の婚約者の溺愛と、最高に可愛くて心強い親友たち。

 誰も蹴落とすことなく、ただ純粋な優しさを振り撒いてきただけなのに、私の周りにはこんなにも温かくて、愛おしい居場所が出来上がっていた。

 もう、絶望の朝に怯えることはない。

 私はこの大公邸で、彼らと共に、どこまでも甘く幸せな未来を歩んでいくのだ。

 ざまぁの因果は終わり、残ったのは極上の甘みだけ。

 私の心は、かつてないほどの確かな幸福感に、深く、優しく満たされていた。

お読みいただきありがとうございます!


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