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婚約破棄されたので、辺境で善行通販をしたら冷酷な大公に溺愛されました~無能令嬢は、癒やしの力で国を動かす~  作者: 月神世一


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EP 15

「前世はもう終わった。ここで幸せになる」

 目覚まし時計のけたたましい音は、もう鳴らない。

 柔らかな朝の光がレースのカーテン越しに差し込み、小鳥のさえずりが心地よい朝を告げている。

 ふかふかのベッドの中でゆっくりと目を開けた私は、大きく深呼吸をした。

 前世で限界OLだった頃。私にとって「朝」とは、絶望の始まりでしかなかった。特に休日の翌日の朝は、胃が鉛のように重くなり、「また手柄を奪われる一週間が始まるのか」と、起き上がるのすら苦痛だった。満員電車の揺れに耐えながら、自分の人生がすり減っていくのをただ無気力に眺めているだけの日々。

 けれど、今は違う。

 朝が来るのが、こんなにも楽しみで、待ち遠しいなんて。

「アマネお姉ちゃん! おはよう!」

 扉が開き、パタパタと足音を立ててリンが部屋に入ってきた。

 彼女は私のベッドに潜り込んでくると、えへへと嬉しそうに笑って私の胸にすり寄ってくる。

「おはよう、リン。今日も元気ね」

「うんっ! だってお姉ちゃんと一緒にいられるもん! ねえねえ、今日はお庭で一緒にお茶しよ!」

「ええ、そうね。みんなも呼んで、お茶会にしましょうか」

 私は微笑みながら、脳内で【善行ポイント通販】のウィンドウを開いた。

 昨日、屋敷のみんなからサプライズのお祝いをしてもらったことで、私のポイントはものすごい額に膨れ上がっている。私はそのポイントを使って、地球の『高級ホテルのふかふかバスタオルセット(30pt)』と、お茶会用の『とろける極上プリン(20pt)』を多めに取り寄せた。

 バスタオルは、いつも水回りの仕事をしてくれているメイドたちや、訓練で汗を流す騎士たちへのささやかな恩返しだ。

 誰も蹴落とさず、ただ私にできる小さな親切を配る。それだけで、私の周りには温かい笑顔が溢れていく。

 リンの黄金色の髪を撫でながら、私は「もう、あの苦しかった前世の記憶に囚われる必要はないのだ」と、はっきりと確信していた。

 私はもう、都合のいい道具として搾取される『天海音』ではない。この温かい居場所で愛される、『アマネ』なのだから。

     *

 午後。

 リンやメイドたちとのお茶会を終えた私は、オルフェウス様に呼ばれ、大公邸の最上階にある広大な温室へと足を運んでいた。

 そこは、彼が私のために特別に手配してくれた空間だった。色とりどりの花が咲き乱れ、ルナミス帝国の冷たい風を遮る、暖かく穏やかな場所。

「アマネ。来てくれたか」

 ガラス張りの天井から降り注ぐ光の中、軍服のボタンを少し開けた、リラックスした様子のオルフェウス様が立っていた。

 彼のもとへ歩み寄ると、ごく自然な動作で私の腰が引き寄せられ、彼の大きな腕の中にすっぽりと収められた。

「オルフェウス様。今日は、お仕事はよろしかったのですか?」

「ああ。昨日の軍事総会で、エギルをはじめとする不正や怠慢の膿を出し切ったからな。しばらくは平穏だろう。それに……今日は、君のために時間を使いたかった」

 オルフェウス様は、私の髪を飾るアメジストの髪留めにそっと触れ、そのまま私の頬を愛おしそうに撫でた。

 彼の紫の瞳には、一切の揺るぎのない、深く熱い愛情が宿っている。

「君がこの屋敷に来てから、私の世界は一変した。殺伐とした軍務の中で、いつしか失いかけていた『人の心の温かさ』を、君が取り戻してくれた。君のその見返りを求めない優しさに、私はどれほど救われたか分からない」

 彼の低い声が、胸の奥にじんわりと響く。

「私の方こそ……オルフェウス様が、私を暗闇から救い出してくださいました。私の本当の価値を認めて、守ってくださった。……私、今、本当に幸せなんです」

 私が真っ直ぐに見つめ返して微笑むと、オルフェウス様は静かに息を呑み、そして、胸元のポケットから一つの小さな箱を取り出した。

 パカリと開かれたその箱の中にあったのは、星の輝きをそのまま閉じ込めたような、大粒のダイヤモンドがあしらわれた美しい指輪だった。

「アマネ」

 帝国最強の男が、私の前でゆっくりと片膝をつく。

 それは、初めて出会ったあの夜の路地裏で、彼が私に見せてくれたのと同じ、絶対的な敬意と誓いの姿勢だった。

「君のこれからの人生すべてを、私に預けてはくれないか。もう二度と、誰にも君を傷つけさせない。私が君の盾となり、剣となり、永遠に君を愛し抜くことを誓おう。……どうか、私の妻になってほしい」

 真っ直ぐなプロポーズの言葉。

 前世では、誰かの一番になることなんて絶対にないと諦めていた。私はただの部品で、壊れれば捨てられるだけの存在だった。

 けれど今、この世界で最も気高く、力強い人が、私だけを求めて、永遠の愛を誓ってくれている。

 瞳から、温かい涙がホロリとこぼれ落ちた。

 悲しくないのに、涙が止まらない。

「……はいっ。私でよろしければ……どうか、一生おそばに置いてくださいませ」

 私が震える声で頷くと、オルフェウス様はホッと息を吐き出し、立ち上がって私を強く、けれど壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。

 私の左手の薬指に、冷たくて重みのある指輪がそっと通される。

 そして、彼の手が私の顎をすくい上げ、重なり合う唇から、極上の甘さと温もりが流れ込んできた。

 ――前世の限界OLの魂は、ついに報われた。

 私はここで、この温かい人たちと共に、最高に幸せな人生を生きていくのだ。

     *

【幕間:見る目のない男の末路】

 ビューォォォォッ……!!

 凍てつくような猛吹雪が吹き荒れる、ルナミス帝国北方最前線。

 極寒の塹壕の中で、エギル・ヴァン・ルナミスはボロ雑巾のようにうずくまっていた。

「おい、新入り! 食事の時間だ。さっさと食って見張りに戻れ!」

 上官の粗野な声と共に、エギルの足元に茶色い真空パックが投げ捨てられた。

 ルナミス帝国軍が誇る(そして全兵士が憎悪する)、コストと効率のみを極限まで追求した完全人工合成レーション――通称『第3ゲロオムレツ』である。

「う、うぅ……」

 エギルは震える手でパックを開封した。

 中から出てきたのは、黄色いスポンジ状の四角い塊。鼻を突くのは、胃酸と腐った靴下が混ざったような、絶望的な悪臭だった。

「おぇぇぇっ……」

 一口かじった瞬間、タイヤのような異常な弾力と、口いっぱいに広がる最悪の化学調味料の味に、エギルは胃液を吐き出した。

 かつて彼が豪語していた『二郎系超回復理論』。あの脂ギトギトのラーメンでさえ、今の彼からすれば天上の美食に思えた。

 そして何より――あの過酷な訓練の後、必ず裏で手渡されていた、胃の痛みをスッと消してくれる『甘い薬』と『優しい微笑み』。

「ア、アマネ……」

 凍りついた手でゲロオムレツを握りしめながら、エギルはポロポロと涙をこぼした。

 彼女は無能などではなかった。自分の部隊の士気を、兵站を、そして何より兵士たちの「心」を支えていたのは、間違いなく彼女だったのだ。

 自分は、帝国で最も価値のある至宝を、自らの手で「効率が悪い」と泥水に捨ててしまった。その結果が、大公の逆鱗に触れ、この地獄のような最前線でゴミのようなレーションをかじりながら凍える末路だ。

「俺が……俺が、愚かだった……アマネぇぇぇっ……!」

 猛吹雪の中、エギルの後悔の絶叫が虚しく響き渡る。

 だが、彼の悲鳴に応えてくれる者は、もうこの世界のどこにもいなかった。

     *

【次章への種:天界の通信エラー】

 ルナミス帝国での一件が、甘く温かい結末を迎えていた頃。

 そこから遥か次元を隔てた神界(GOD)の一角、女神ルチアナの私室(通称・コタツ部屋)では、異変が起きていた。

「ぷはぁーっ! やっぱり仕事終わりの缶ビールは最高ね!」

 芋ジャージ姿の女神ルチアナは、コタツでスルメをかじりながら、自前のエンジェルスマートフォンをいじっていた。

「さてさて、月人君の新しいグッズでもポチろうかしら……って、あれ?」

 ルチアナの動きがピタリと止まる。

 スマートフォンの画面に表示された『クレジットカード(上限100万円)利用明細』に、見覚えのない購入履歴がズラリと並んでいたのだ。

『高品質胃腸薬』『機能性フリース』『高級バスタオル』『無添加ホットケーキミックス』……。

「な、何これ!? 私、こんな地球の家庭的な日用品なんて買ってないわよ!? 月人君のアクリルスタンドを買う予算が削られてるじゃない!」

 ルチアナが慌てて利用履歴の端末位置を逆探知すると、そこには信じられないデータが表示された。

「接続先……アナステシア世界、ルナミス帝国!? しかも、この端末の認証ID……見習い女神のリリスがこの前『落とした』って泣いてたサブアカウントじゃないの!」

 バンッ!とコタツを叩き、ルチアナは画面をさらに拡大した。

「しかも、このポイントを使ってる人間のすぐ隣に……強烈な聖なる魔力反応があるわ。ちょっと待って、この波長ってまさか……ずっと行方不明で、タイムカードだけ切って帰ってた幻の第六聖獣『麒麟』!?」

 ルチアナは顔面を蒼白にさせた。

「ど、どういうことよ! ルナミス帝国で、地球のアイテムを使いまくってる謎の令嬢と、サボり魔の麒麟が一緒にいるっていうの!? こんなシステムバグ、オリン様(上司)や、炎上神のワイズに見つかったら、予算会議で首が飛ぶわよ……!」

 ルチアナが頭を抱えてコタツに突っ伏したその瞬間。

 アナステシア世界のパワーバランスを裏から揺るがすかもしれない『アマネの善行ポイント通販』の秘密は、神々や、あるいは遠く離れたアバロン魔皇国の将軍たちの耳にも、少しずつ届き始めようとしていた。

 だが、そんな天界の大慌てなど露知らず。

 当のアマネは今夜も、最高権力者の大公と、最強の親友である麒麟と共に、温かいお茶とプリンを囲んで、満面の笑みを浮かべているのだった。


お読みいただきありがとうございます!


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