EP 7
「勇者の聖域と、ハッピー・ドリームの狂宴」
「……この村は、病んでいる」
勇者ゼロスは、黄金の聖剣を地面に突き刺し、悲劇のヒーローのような面持ちで空を見上げた。
彼が粉砕した「サボテン型魔獣」の破片が、足元でカサカサと風に舞っている。周囲を取り囲む村人たちは、昨夜ルナが仕込んだ「泣き落としの特訓」通り、シクシクと涙を流し、悲痛な声を上げていた。
『勇者が子供の大切な遊び道具を壊した』――その切り抜き動画は、ゴッドチューブ上で爆発的な再生数を記録していた。
コメント欄には『勇者、マジで何してんの?』『子供の宝物を粉砕とか、正義の味方じゃないだろw』といった批判が並び、彼の「高潔な救済劇」のメッキが剥がれ始めている。
「……計算外だ。なぜ、この村の魔獣がこれほど弱く、そして……これほど『人の情』を誘うような外見をしていたんだ?」
ゼロスは苛立ちを隠せない。彼はワイズから「村の奥には強力な魔獣が潜んでいる」と聞かされていた。しかし、実際に現れたのは、ただのハリボテだ。さらに、それを討伐したはずの自分が、なぜか悪者として糾弾されている。
「……フン、いいだろう。この村の連中が、魔獣と結託して俺を陥れようというのなら、容赦はしない」
ゼロスは聖騎士たちに目配せをした。
彼が次に狙ったのは、村の中心にある村長宅――アマネたちが住むシェアハウスだった。
「この村の不自然な平和……その源泉は、この家にあるはずだ。村の長、いや、この家に住む『自称プロデューサー』なる女……彼女こそが、魔獣を操る魔女に違いない!」
ゼロスが村長宅へと進軍を開始する。その姿を、広場の影から私は冷ややかに観察していた。
「……あの子、いよいよ『魔女狩り』を始めたわね」
「アマネ様、いかがいたしますか? このままでは、シェアハウスに無理やり押し入って、大公様の純金100kgを盗み出される危険がありますわ!」
リーザちゃんが切迫した様子で聞いてくる。
確かに、このまま放置すれば彼らは強引な家宅捜索という名の略奪を始めるだろう。だが、こちらにはまだ、彼らの「正義」を真っ向から否定するための、最高のカウンター・カードが残っている。
「フェイト。潜入の進捗は?」
「完璧っす。勇者一行の持ち物に、カメラと……あ、ついでにルナさんが生成した『鼻が勝手にピエロになる魔法のポーション』を混ぜておきました。彼らが村に入れば入るほど、面白可笑しく映るはずっす」
「さすがね。じゃあ、いよいよ本番よ。……ルナさん」
私の呼びかけに、ルナがニッコリと微笑んだ。
「はいっ! 『ハッピー・ドリーム』、フルパワーで召喚準備完了です! 勇者様たちの正義感、たっぷり味わわせてあげますね♡」
ポポロ村の玄関口。
ゼロスたちが、村長宅のドアを蹴破ろうとした、その瞬間だった。
「――そこまでです、勇者様♡」
ルナの声が響くと同時に、地面がドクンドクンと脈打ち始めた。
次の瞬間、アスファルトを突き破って現れたのは、淡いピンク色の光を放つ無数の触手植物――ハッピー・ドリームだった。
「なんだ、これは!?」
ゼロスが剣を振るうが、触手は剣をすり抜け、彼と聖騎士団の首筋に、するりと絡みついた。
「ハッピー・ドリーム、発動。対象の精神をハッピーな疑似体験へと強制誘導します♡」
触手がブスリ、と彼らの脳にダイレクトに「快楽信号」を流し込む。
それは、彼らが喉から手が出るほど欲しがっていた「栄光」と「称賛」、そして「究極の快楽」を、仮想現実として見せる地獄の接待だった。
「あ、ああ……っ……! 素晴らしい……!!」
ゼロスの表情が、一瞬でとろけきった。
彼の脳内では、今、ゴッドチューブのチャンネル登録者数が1億人を突破し、世界中の人々から「真の救世主」と崇められ、美女たちに囲まれて聖なる玉座に座る自分の姿が映し出されていた。
「これだ……これが俺の求めていた……ッ!!」
ゼロスが聖騎士たちと共に、その場でへなへなと座り込む。
ハッピー・ドリームの触手は、彼らの脳を支配し、永遠に終わらない「夢の饗宴」へと引きずり込んでいく。
彼らはもはや、剣を握る力も、立ち上がる意志も失っていた。ただ、涎を垂らしながら「俺は神だ……俺は勝ったんだ……」と、夢の中の栄光を噛み締めているだけだ。
その光景を、フェイトが小型の魔導カメラで完璧なアングルで撮影し、即座に配信へ流す。
『――速報。勇者一行、ポポロ村に入村するやいなや、地面に這いつくばり、意味不明な幻覚にうなされる。これぞ救世主の姿か?』
コメント欄は、先ほどまでの「勇者批判」が、今度は「ドン引き」へと変わっていた。
『マジで何してんのあいつらw』
『地面の土舐めてない? 勇者ってこんなに頭弱いの?』
『ワイズの配信、もう完全にギャグ枠になってて草』
勝負あり。
彼らは魔獣を退治するどころか、自分たちが「何かに憑りつかれた愚か者」として、世界中にその醜態を晒してしまったのだ。
「……ざまぁねぇな」
私は、呆れ果てて見ていた。
「アマネ様、このまま彼らを村から追放しますか? それとも、ルナ様の臓器売買の実験台にしますか?」
リーザちゃんが、目を輝かせながら尋ねてくる。
「どちらもコンプライアンス的にアウトよ。……せっかくだから、彼らには自分たちの犯した罪を、骨の髄まで理解してもらおうかしら」
私はルナに指示を出した。
「ルナさん、彼らに『嘘がバレた瞬間の絶望』を、リアルに3日間かけて体験させるような幻覚を見せ続けなさい。現実に戻った時、彼らが自分の鎧も剣も、すべてを捨てて逃げ出せば成功よ」
「心得ました! それでは、『全資産消失と全国民からの罵倒VR』を3日間フルコースで提供しますね♡」
その後の3日間。
ポポロ村の広場には、涎を垂らして地面を這い回り、夢の中で「助けてくれ……俺の登録者数が……っ!!」と絶叫し続ける勇者一行の姿があった。
村人たちはそれを冷ややかな目で見守り、時折、リンちゃんが「うるさいから静かにして」と雷を落として黙らせる。
3日後、ハッピー・ドリームが解かれた時、彼らがまず最初にしたことは、剣を捨てることでも、人々に謝罪することでもなかった。
「……帰る。こんな村、二度と来るかぁぁぁ!!」
ゼロスは鎧を脱ぎ捨て、聖剣も村の広場に投げ捨てて、泣きながら王都へと逃げ帰った。
彼の英雄伝説は、このポポロ村で完全に終焉を迎えたのだ。
「ふぅ。ようやくゴミが片付いたわね」
私は捨てられた聖剣を拾い上げ、ルナに手渡した。
「ルナさん、これ、いい素材になりそうね。精錬して、村の街灯の支柱にでもしましょう」
「はいっ! 勇者の剣なら、きっと明るく照らしてくれるはずです♡」
平和を取り戻したポポロ村。
だが、私は知っていた。
炎上神ワイズという男は、これくらいで諦めるようなタマではない。
今の失態を「勇者が魔女に呪い殺された」というシナリオに塗り替え、さらなる大規模な『聖戦』を仕掛けてくるはずだ。
「さあ、次はどんなおもちゃを連れてくるのかしら……」
私は村長宅の地下室へ向かった。
そこには、ルナが送ってきた純金100kgと、勇者が捨てていった聖剣、そしてザックが置いていった(泥に変わった)財宝の残骸が山積みになっている。
(……この村は、もはや辺境の村じゃない。神々が自分の盤上の駒をぶつけ合う、最前線の戦場よ)
私の『プロデュース』は、まだまだ続く。
勇者や悪徳監査官ごときに負けるわけにはいかない。私のシェアハウス、私の家族、そしてこの平和な村を守るために。
「次は誰が来ても、コンプライアンスの厳しさを叩き込んでやるわ」
私は冷たい夜風を浴びながら、ポポロ村の静かなる夜を見つめた。
私の前世の、理不尽に耐え抜いた限界OLとしての経験が、今、この異世界の神々を屈服させるための『最強の知略』として、静かに牙を研いでいる。
次の戦いは、もう始まっている。
私はそう確信し、シェアハウスの温かいリビングへと戻っていった。そこには、大豆ハンバーグを美味しそうに食べるルナと、雑草サラダを誇らしげにかじるリーザの姿があった。
この「カオスで騒がしい日常」を、私は何があっても守り抜く。
それが、この世界で私が選んだ、最高に皮肉で、最高に贅沢な生き方なのだから。
(さて。明日は何を配信しようかしら? ワイズが血の涙を流すような、最高に皮肉な企画を思いついたわ)
私は心の中で不敵に笑い、眠りについた。
ポポロ村の明日が、さらに混沌に満ちた面白い一日になることを予感しながら。
いよいよクライマックスへ。
勇者が去った後、ワイズが送り込んでくる「真の刺客」と、アマネの「最後のおもてなし」が激突する。




