EP 6
「甘美なる誘惑と、ポポロ村の静かなる陥落」
「……はぁ、今日も今日とて平和だわ」
私は村長宅の縁側で、熱い焙じ茶を啜りながら大きく伸びをした。
あの忌々しい監査官ザックをルナの「石ころ錬金」で返り討ちにしてから数日。ポポロ村には、まるで嘘のような穏やかな時間が流れていた。
ルナの「善意のテロリズム」も、私が課したハウスルール(という名の社畜時代のリスク管理術)によって、だいぶ抑制が効くようになっていた。
もちろん、今朝も「村の広場の石畳が冷たそうだから」という理由で、村全体を温室のように覆う巨大な蔓を生成しようとしたルナを、リンちゃんが「それは生態系を破壊するからダメ」と一撃で物理的に止めたという小さなハプニングはあったが、概ね平和だ。
だが、私の心には、ずっと拭いきれない違和感があった。
(……この村の、この甘ったるい平和。どこか、何かがおかしいのよ)
この村は、単なる辺境の村ではない。
ルナが生成する野菜による経済破壊、リーザの隠し持っている(そしてまだ日の目を見ない)純金の山、そして何より、私という『管理職』が居座るこのシェアハウス。
これらは、中央の強欲な連中からすれば、喉から手が出るほど欲しい『利権の塊』であるはずだ。
ザックという、あからさまな悪意を持った男が自滅した今、次に来るのは……もっと静かで、もっと巧妙な、本物の『毒』かもしれない。
そんな考えを巡らせていた、その時だった。
「アマネ様ぁ! 大変ですわ!」
台所から、リーザちゃんの悲鳴に近い声が飛んできた。
駆けつけると、彼女は震える手で、一台の魔導通信石を指差している。
「どうしたの? また何か市場崩壊の危機でも……」
「違いますわ! これですわ!」
リーザちゃんが通信石のホログラムを起動すると、そこには中央のニュース番組が映し出されていた。
映し出されていたのは、キラキラと眩い光を背負った一人の青年――勇者ゼロスだった。
『――今回、私が訪れるのは、最近何かと話題のポポロ村。この村には、魔力を食い物にする魔物が出没するという噂がある。私はこの村を救い、その邪悪な根源を断ち切るために、村の皆さんと交流を深めることにしました』
「はぁ?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「魔力を食い物にする魔物……? この平和な村に?」
リンちゃんが、呆れた顔で通信石を覗き込む。
「なにそれ。そんなの、この村には私以外いないんだけど」
「……ねぇ。ゼロスって言えば、例の『炎上神ワイズ』の契約勇者よね」
背筋が寒くなるような予感がした。
ワイズが、自分の配信の数字を稼ぐために、私たちの村に目をつけたのだ。しかも、「救済」という大義名分を掲げて。
これは、ザックのような個人的な強欲ではない。
もっと組織的で、もっと悪質な『マッチポンプ』だ。
村の中に自分たちで用意した魔獣を放ち、それを勇者が派手に退治する。その様子を『ゴッドチューブ』で配信し、感動の物語をでっち上げて、私たちの村の評判と利権をすべて持っていく。
(……なんて三流で、なんて胸糞悪いシナリオ!)
「アマネ様……! 勇者が来て、勝手に村を『救済』したら、私たちの偽装ライブの秘密も、このシェアハウスの異常な生活環境も、すべて白日の下に晒されてしまいますわ!」
リーザちゃんが真っ青になる。その通りだ。
彼女がアイドルとして成功し、女王リヴァイアサンに認められたという『偽りの奇跡』。
ルナが森を壊してでも村を快適にしようとする『善意の暴走』。
これらが「勇者の調査」という名目で暴かれれば、私たちは社会的に抹殺される。
「……面白いわ」
私はバインダーを叩きつけ、静かに笑った。
前世で、現場の苦労も知らずに「感動的なプロモーション動画を撮ってこい」と理不尽な指示を出し、現場を混乱させた広告代理店の企画屋たちを思い出す。
「向こうがその気なら、徹底的に付き合ってやるわ。……私たちの村の平穏を脅かすなんて、どこの勇者様か知らないけど、痛い目を見ないと分からないみたいね」
その夜、ポポロ村の村長宅では、これまでにない『作戦会議』が開かれた。
作戦名は『勇者様ご来村、徹底的おもてなし(物理)』。
「さて。まずはルナさん。あなたが作れる、一番『魔獣っぽい』植物を召喚して」
「魔獣っぽい? 植物ですか? 任せてください! 牙があって、毒液を吐いて、しかも夜中に不気味な声で鳴く、最高の『ハリボテ魔獣』を作ります!」
ルナがニヤリと笑う。彼女の頭の中にある「魔獣」のイメージは、明らかに世界樹の森の防衛システムレベルだ。
「ダメ、それだと村が壊れる! もっとこう……『見た目は怖いけど、実はとっても大人しい、愛玩用魔獣』レベルのハリボテにして! 私たちの狙いは、勇者ゼロスを『倒さなくてもいい魔獣を倒して、世間から大バッシングを受ける』ように誘導することなんだから!」
私の指示に、ルナは「なるほど!」と膝を打つ。
「つまり、勇者様が『討伐』したと主張する魔獣が、実は村の可愛いお散歩ペットだったと世間にバレれば、彼は『無益な殺生をする偽善者』として炎上するわけですね?」
「その通り。ワイズの配信には、私たちが『勇者の無能さと残虐性』を逆手に取った最高の切り抜き映像を叩きつけてやるわ」
会議は深夜まで続いた。
フェイトは「いやぁ、勇者ゼロスのファンクラブの人たちに、俺が潜入してカメラを仕掛けてきますよ。あの気取った顔が引きつる瞬間、動画に収めてやりたいっす」と、持ち前の情報収集能力を悪用する気満々だ。
翌日。
村の入り口に、勇者ゼロスと、彼を取り巻く聖騎士団の一行が到着した。
ゼロスは、白い鎧を纏い、黄金の聖剣を腰に下げた、絵に描いたようなヒーローの姿をしていた。
だが、彼がカメラに向かって放つ言葉は、すべてが台本通りに聞こえた。
「ああ……なんという邪悪な気配だ……! この村の奥底に、人を食らう魔獣の気配を感じる! 村の人たち、安心してください。私が必ず……救い出してみせます!」
広場の陰から、その様子を見ていた私は、思わずため息をついた。
(……セリフが臭いわ。カメラの角度も、自分の顔が一番綺麗に見える位置を計算し尽くしてる……吐き気がする)
「アマネ、あれ、魔獣の気配なんて全然ないよ。ただの草の匂いがするだけ」
リンちゃんが退屈そうに欠伸をする。
「ええ。ワイズが事前に仕込んだ魔力を、自分で感じ取って芝居をしてるだけよ」
ゼロスが村の中へと進み、あらかじめ指定されていた『魔獣が出るはずの場所』へと向かう。
そこには、ルナが昨夜のうちに仕込んでおいた、精巧なハリボテの『牙のあるサボテン(動きは鈍いが、見た目は凶悪)』が配置されている。
「さあ……魔獣よ、出てくるがいい!!」
ゼロスが聖剣を抜く。
その瞬間、ハリボテのサボテンがゆっくりと、実に間抜けな動きで茂みから這い出した。
それは、どう見ても「攻撃の意思のない、温厚そうなサボテン」だった。
「……え?」
ゼロスが、わずかに狼狽する。
台本では、もっと凶暴な魔獣が出るはずだったのだ。だが、目の前には、ただの動くサボテンが、トゲトゲの腕をゆらゆらと揺らしているだけ。
「……食らえ!!」
ゼロスは、迷いを断ち切るように聖剣を振り下ろした。
パァァン!! と、ハリボテのサボテンが弾け飛び、中からルナが仕込んだ『村の子供たちが拾ったきれいな貝殻』や『お菓子』が、ジャラジャラと飛び散る。
「……これは……?」
ゼロスが呆然とする。
その隙を逃さず、広場に隠れていたフェイトが通信石の配信をオンにした。
『――速報。勇者ゼロス、村の子供たちの唯一の遊び道具を、魔獣と誤認して粉砕。現在、現場では子供たちが泣き叫んでいます』
フェイトが即座に匿名掲示板に投稿する。
村の子供たち(事前にルナが『泣く練習』をさせていた)が、駆け寄ってきて泣き喚く。
「うわぁぁぁん! 僕たちの……僕たちの宝物がぁぁ!!」
「ち、違う! これは魔獣だ! 危険な生物なんだ!」
ゼロスが必死に弁解するが、その様子は、無実のサボテンを斬り殺した冷酷な勇者として、ゴッドチューブの配信画面に鮮明に映し出されていた。
『え、まじで勇者って子供のおもちゃ壊してんの?』
『サボテンだろあれw 可愛いじゃんw』
『ひどい、救済どころか子供の夢を破壊してて草』
コメント欄が、一気に炎上へと加速する。
ワイズの仕掛けたマッチポンプが見事に裏目に出る。
私は広場の影で、その様子をバインダーのメモを見ながらニヤリと笑った。
「……第一段階、成功ね」
しかし、ここからが本当の勝負だ。
ゼロスはただの炎上芸人ではない。彼は、神の力を一部借り受けている『契約勇者』だ。
追い詰められた彼が、次にどのような『反撃』に出てくるか。
「次は、私たちを『魔女の棲家』として断罪しに来るはずよ」
私はルナに向かって頷いた。
「ルナさん、準備は?」
「はい! 監査官を撃退した時以上の『おもてなし』、完璧に用意してあります!」
私たちは、ポポロ村という名の「甘美なる罠」へと誘い込まれた勇者を、どのようにして地獄の底(社会的死)へと叩き落とすか。
その続きは、さらにエスカレートするコンプライアンス無視の宴へと続いていくのだ。
「さあ、勇者様。あなたの『正義』が、どれほど醜いものか、村中の皆に教えてあげましょう」
私は冷たい笑みを浮かべ、バインダーを閉じた。
私たちの村の平穏を脅かす者には、一切の慈悲はない。
それが、前世で限界まで働かされ、理不尽を飲み込み続けてきた、一人の元・OLの逆襲のルールなのだから。
勇者ゼロスはまだ知らない。
自分が足を踏み入れたのは、単なる村ではなく、一人の『最強のプロデューサー』が君臨する、悪意を糧にして育つ甘美なる毒の園であることを。
「お楽しみは、これからよ」
私は焙じ茶を飲み干し、決戦の舞台へと歩き出した。
勇者との、泥沼の『炎上バトル』の火蓋が、今、静かに切って落とされたのである。
(――続きは、さらなるカオスが待っているわね)
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