EP 5
「大公の影と、監査官の傲慢」
ポポロ村の広場に降り立ったのは、ルナミス帝国の紋章が刻まれた重厚な馬車だった。
広場に集まっていた村人たちが、ザワザワと動揺し始める。中央監査官ザックは、帝国中央の威信を背負っているという自信からか、鼻を鳴らして馬車から降り立つと、まるで自分の庭を歩くかのように不遜な態度で村長宅――私たちのシェアハウスへと向かってきた。
「おい、田舎者ども。村長はどこだ? 帝国の監査官様のお出ましだぞ。最上の酒と料理を用意しておけ」
ザックは鼻を突き上げ、あからさまな不機嫌を撒き散らしている。
村長が冷や汗を流しながら「は、はい……急ぎ用意いたしますので、あちらの広場の休憩所へ……」と案内しようとするが、ザックはそれを手で制した。
「休憩所などどうでもいい。それより、噂に聞く『不当な蓄財』を行っているという小娘の家はどこだ? 村の長である貴様が、何やら怪しげな金貨や純金の塊を隠しているという報告を受けている」
ザックの冷たい視線が、私たちのシェアハウス――かつては質素な村長宅だった建物――へと突き刺さる。
(……やれやれ。噂というのは、本当に足が速いものね)
私は窓越しにその様子を眺めながら、深々とため息をついた。
ルナが世界樹から届けてくれる純金100kgは、経済崩壊を防ぐために地下室の金庫に厳重に塩漬けしてある。この監査官の狙いは、明らかに帝国の税務ではなく、個人的な懐の肥やしだ。
「……アマネ様、あの男。昨日のプロモーターより遥かにたちが悪いですわ。帝国の監査官という『権力』という最強の鎧を装備しています」
リーザちゃんが窓からこっそりと覗き見ながら、厳しい表情で言った。
彼女の言う通りだ。前章のプロモーターはただの一個人に過ぎなかったが、今度の相手は国家の公務員。正面から武力で排除しようとすれば、即座に帝国への反逆罪として討伐隊が送られてくる。
「権力を笠に着るタイプか……。前世で一番嫌いなタイプね」
私はバインダーを閉じ、立ち上がった。
「ルナさん、あなたにはもう準備ができているわね?」
私の後ろで、ルナがキラキラと目を輝かせながら頷いた。
「はいっ、プロデューサー! 私、コンプライアンスのことはまだ完璧には分かりませんけど、アマネさんの『悪人を綺麗に掃除する方法』は、今日の一日で完璧にマスターしました! あの監査官さん、金銀財宝がお好きなんですよね? たくさん用意しておきますね♡」
「……ルナさん、さっき『コンプライアンス遵守』を誓ったばかりだよね? それ、フラグじゃないよね?」
「大丈夫です! ちゃんとアマネさんの指示通り、錬金魔法の極意、『3日で魔法が解ける石の彫刻』を準備しましたから!」
(……それはコンプライアンス違反っていうか、完全に詐欺の準備だよね)
私は頭を抱えたい衝動に駆られたが、今は背に腹は代えられない。この監査官を撃退し、かつ、私たちが帝国から目をつけられないようにするには、相手に自ら「墓穴を掘らせる」しかないのだ。
私たちは玄関へと向かった。
バリケードは既に撤去されている。
ドアを開けると、そこにはふんぞり返ったザックの姿があった。
「ようやく出てきたか。貴様らが、この村で怪しい金品を不当に溜め込んでいるという……」
ザックが言葉を切り、私と、その背後に控えるルナを見比べる。
彼の瞳が、ギラリと強欲に濁った。
「なるほど、これか……。そのエルフの小娘が、噂の『純金を出せる存在』というわけだな」
ザックは私を無視し、ルナの前に歩み寄ると、彼女の顎を指先で持ち上げた。
「おい、小娘。貴様が世界樹から純金を出せるというのは本当か? 帝国中央の監査官である俺が直々に査定してやる。この村に隠している純金100kg、すべてこの場に差し出せ。さもなくば、お前たちを『国家反逆罪』で即座に投獄してやる」
ルナは、そんなザックの態度にも一切動じず、天使のような笑顔で首を傾げた。
「国家反逆罪……? 怖いですね。でも、私は純金を差し出すのは構いませんよ。でも、帝国の方々にお渡しするなら、もっと立派な金銀財宝の方が喜ばれるのでは?」
「……ほう。まさか、まだ隠している財宝があるというのか?」
ザックの目が、皿のように見開かれた。
「はい! もちろんですよ! 世界樹の森には、もっともっと素晴らしい宝物がたくさんあるんです。私、貴方のために、今すぐここで最高に美しい『金銀財宝』を錬成して差し上げますね♡」
ルナは杖を軽く掲げた。
その瞬間、広場の中央に黄金の光が降り注ぐ。
ザリザリザリッ……という土を削る音と共に、地面からせり上がってきたのは、巨大な王冠、山のような純金のインゴット、そして眩いばかりの宝石の山。
その輝きは、本物と見紛うばかり――いや、どんな一流の鑑定士が見ても「極上の本物」としか思えない、完璧な輝きだった。
「ひ……ひぃぃぃっ……!!」
ザックが絶叫に近い声を上げた。
彼の目には、この宝物がすべて自分の懐に入る光景しか浮かんでいない。
「す、すごい……! これだけで、俺は一生……いや、三代先まで遊んで暮らせる……!!」
「どうですか? これ、すべて差し上げますよ。その代わり、村の皆さんにこれ以上の無茶な税の要求はしないでくださいね♡」
「わ、分かった! 分かったぞ! こんな宝物があれば、村などどうでもいい! すぐにここを立ち去ってやる!」
ザックは狂喜乱舞し、部下たちに命じてその山のような財宝を馬車へ積み込み始めた。
彼は、これがルナの『3日限りの魔法』であることにすら気づいていない。あるいは、本物の金だと信じたいがあまり、現実から目を背けているのか。
「……本当にいいんですか、ルナさん。こんなことしたら、後であなたが責任を問われません?」
私が小声で尋ねると、ルナは私にウィンクをして囁いた。
「大丈夫です! これはアマネさんの言った『コンプライアンス(法令遵守)』に基づいた処置ですから!」
「……えっと、どういう論理?」
「『賄賂は違法(コンプライアンス違反)』です。だから、私はこの監査官の方に『違法な賄賂』を差し上げました。これを受け取った時点で、彼は自分から進んで『違法行為(収賄)』に手を染めたことになりますよね? 私は彼に『法を犯す機会』を平等に提供しただけです! ……完璧な社会貢献だと思いませんか♡」
(……論理が破綻しているようで、絶妙に芯を食っている気がするわ……)
私は自分の頭痛がさらに酷くなるのを感じた。
ルナの言葉通り、ザックは今、目の前の財宝に目がくらみ、自ら「監査官という立場を悪用した収賄」という、取り返しのつかない大罪を犯そうとしているのだ。
馬車に山のような財宝を積み込み、満足げな笑みを浮かべるザック。
「ククク……愚かな小娘め。これで俺は……」
その時だった。
「――そこまでだ、帝国中央監査官ザック」
涼やかな、しかし氷のような冷たさを孕んだ声が、広場に響き渡った。
「……えっ?」
ザックが振り返る。
そこには、漆黒の軍服を纏ったオルフェウス大公が、数人の近衛兵を引き連れて立っていた。その背後には、女王リヴァイアサンの代理人である使者まで控えている。
「あ、あああ……!? 大、大公殿下!? なぜ貴方がこのような場所に……!」
ザックの顔から血の気が引いていく。
彼は自分の犯した「収賄の現行犯」を隠そうと必死に馬車を隠すが、そんなものは大公の鋭い眼光の前では無意味だった。
「監査官という身分を悪用し、辺境の村から私的な賄賂を受け取ろうとした罪……いや、それはもはや帝国の法律以前の問題だな。ザック、貴様、どれほどの恥を帝国の威信に塗りたくれば気が済む」
「ち、違うんです! これは、これは……っ!」
ザックが言い訳をしようとするが、大公は冷酷に手を上げた。
「言い訳は投獄された後に聞こう。近衛兵、この男を拘束しろ。持ち出した宝物は、ルナ卿よりの『帝国への寄付』として、国庫へと没収する」
「……は?」
ザックの動きが止まった。
「寄付……? いや、これは俺の……俺の……!!」
「何を言っている。その宝物が何であるか、貴様には分からないのか?」
大公は冷ややかに笑い、積まれた財宝の一つを手に取った。
その瞬間、大公が魔力を流し込むと、黄金色に輝いていたインゴットは、煙のようにシュルシュルと音を立てて消え去り、ただの湿った『土の塊』へと姿を変えた。
「――なっ……!?」
ザックが絶句する。
周囲の宝物も次々と泥の塊、ただの石ころへと変貌していく。
「そ、そんな……まさか、すべてが幻影だったというのか……!?」
「これはルナ卿が作った魔法の残滓。本来は3日で消えるものだ。しかし、貴様はこれを『本物の金銀財宝』として国庫に入れようとした……いや、それどころか、これを『賄賂』として皇帝陛下に献上しようとしていたのではないかな?」
大公の言葉の意味を、ザックはようやく理解した。
彼は、ルナが用意した『期限付きの偽金』を本物だと信じ込み、それを帝国に持ち帰って皇帝に献上し、手柄を立てようとしていた。
だが、そのすべてがただの土塊だと分かった今、彼は『皇帝を欺こうとした大罪人』として、帝国の法律で裁かれることになったのだ。
「そんな……っ、そんな馬鹿な……っ!!」
「ザックよ。貴様の強欲さが、自らを破滅へと導いたのだ。……連れて行け」
ザックは近衛兵たちに引きずられながら、「違う! 俺は嵌められたんだ! あのエルフの小娘に! アマネに!!」と泣き叫んでいたが、その声は馬車の扉と共に遮断された。
私はその様子を、ポカポカとしたこたつのような心持ちで見守っていた。
(……結局、彼は自分の強欲と、権力を過信した傲慢さで勝手に自爆しただけね)
ルナが私の隣で、「あらあら、残念ですね。せっかくの金銀財宝が泥になってしまいました」と呑気に首を傾げている。
彼女の顔には、自分が持ち込んだ災厄が、そのまま敵を破滅へと誘導したことに対する達成感だけがあった。
「アマネ様……! 凄い、凄すぎますわ!」
リーザちゃんが私の元へ駆け寄る。
「あの悪徳監査官が、手も足も出ずに投獄されましたわ! これでポポロ村の財政も、私のアイドル活動も安泰ですの!」
「ええ……そうね」
私は遠くへ去っていく馬車の轍を見つめ、静かに呟いた。
「これで、ようやくポポロ村にも、少しだけ平和な冬が訪れそうね」
けれど、私の直感は、これが最後の嵐ではないと告げていた。
帝国の権力者さえも手玉に取り、世界樹の加護を受けし災害級のエルフを懐柔したこのシェアハウス。
今やポポロ村は、アナステシア世界で最も「面白くて、危険な場所」として、中央の悪意ある視線――特に、勇者ゼロスを操る炎上神ワイズの怒りを、これ以上ないほどに買い続けているのだから。
私はバインダーを閉じ、次の『コンプライアンス(防衛戦)』に向けて、静かに思考を切り替えた。
(さて。次はどんな面白いお客さんが、私たちを笑わせに来てくれるのかしら?)
私は冬空を見上げ、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
私の限界OLライフは、まだまだ終わらない。
読んでいただきありがとうございます。
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