EP 4
「禁忌の果実と、脳を焼く背徳の味」
「……アマネ様、本当にこれだけで、この『歩く自然災害』を手懐けられるのですか?」
村長宅のキッチン。
テーブルの上に置かれた、パステルカラーの派手なパッケージを指差し、リーザちゃんが疑わしげな目を向けていた。
そこに記されていたのは『コンソメパンチ』という、異世界の住人には全く意味不明な言語と、山盛りのポテトチップスが描かれたイラストだった。
「ええ。これこそが、数千年にわたるオーガニックな食生活を送るエルフの価値観を、根底から破壊する劇薬よ」
私は自信満々に答えた。
前世で、どれほど厳格な健康志向の友人も、一度これを口にすれば最後、ポテトチップスの袋を抱えて廃人のように廃人化していった。これこそが、人類が化学の力で到達した、味覚の悪魔的錬金術なのだ。
「ルナさん、ちょっといい?」
私はリビングにいたルナを呼んだ。彼女は今、魔法で生成した朝露のスムージーを飲みながら、優雅に読書を楽しんでいるところだった。
「はい、アマネさん! なんでしょうか? もしや、私の臓器売買の許可が……」
「絶対に出ないから。そうじゃなくて、ちょっとこれ……人間界の珍しいお菓子を差し入れしようと思って」
私は、封を切った『ポテトチップス・コンソメパンチ』を、ルナの前に差し出した。
「お菓子? ありがとうございます! 植物の甘味以外のお菓子なんて、初めてです♡」
ルナは全く警戒することなく、ニコニコと微笑みながら、一枚のポテトチップスを指先でつまみ上げた。
そして、何の躊躇もなく、その口へと運ぶ。
――サクッ。
その瞬間。
ルナの瞳孔が、驚きで見開かれ、次の瞬間にはトロンととろけ始めた。
「……ッ!!?」
彼女の喉が、ゴクリと大きく鳴る。
口の中に爆発的に広がる、凝縮されたチキンと野菜の旨味。そして、舌を刺激する強烈な塩気と、後から追いかけてくる独特のスパイスの芳香。
世界樹が作る野菜は、確かに瑞々しくて甘いが、それはあくまで「自然の味」だ。だが、このポテトチップスは違う。人類が「脳が最も快感を感じるように」計算し尽くした、人工的かつ圧倒的な旨味の塊なのだ。
「……な、なんですか、これ……っ!?」
ルナの顔が、みるみるうちに紅潮していく。
手元に残ったポテトチップスを、彼女は震える指でじっと見つめた。
「噛むたびに、旨味が……! 鼻を抜けるこの香りは、お肉の味? でも、お肉を焼いたのとは違う、もっと濃くて、もっと……『悪魔的』な……ッ!」
「それが『化学調味料(MSG)』の力よ」
私は、ルナが二枚目、三枚目と狂ったように袋に手を突っ込むのを見守りながら、確信した。
勝った。
どんなに高貴で、どんなにヤンデレで、どんなに災害級の力を持っていても、人間の味覚をハックするように設計されたジャンクフードの誘惑には、エルフ如きでは到底抗えない。
「止まらない……! 止まらないッス……! 誰ですか、これを作ったのは! 素晴らしい……! 素晴らしい天才の所業ッス!」
彼女はもう、淑女の面影などどこにもなかった。
袋を逆さまにして、砕けた屑まで貪り食う。その瞳は完全にラリっており、口の周りに付いた粉をペロリと舐める姿は、もはやジャンキーそのものだ。
「……ルナさん、落ち着いて。まだあるから」
私は間髪入れずに、今度は『カップ麺(シーフード味)』にお湯を注ぎ、三分の時を待って蓋を開けた。
湯気と共に立ち上る、海鮮のエキスとガーリックの破壊的な香り。
「あぁ……っ! 今度は、スープの匂いが……! 濃厚な磯の香りと、お肉の脂の匂いが混ざり合って……ッ!!」
ルナはカップ麺をすすり、スープを飲み干すと、もはや意識が飛ぶ寸前のような顔で椅子に崩れ落ちた。
「私、今まで何を……ッ! あんな味気のない野菜スムージーだけで、何百年も生きていたなんて……! アマネさん、これは……これが人間界の、真実なんですね……!」
「そうよ。この味を知ったなら、もうオーガニックな生活には戻れないわ。……分かった? 私のハウスルールに従うなら、毎日この味を保証してあげる。でも、勝手に暴走してルールを破るなら、一生、世界樹の葉っぱだけを食べて暮らすことになるわよ」
「わ、分かっています……! 私、アマネプロデューサーのハウスルールに、心からの忠誠を誓います!!」
ルナは両手を地面に突き、涙を流しながら土下座した。
これでいい。
これで、彼女は「火炎龍で村を温める」ような馬鹿げたことはしなくなるはずだ。味覚をジャンクに支配されれば、彼女の持つ強大な魔法のベクトルは、すべて「より美味しいジャンクフードを、いかに効率よく作るか(あるいは調達するか)」という方向に矯正される。
「アマネ様……! あの、その、私も……その『カップ麺』とやらを……」
横から、リーザちゃんが切なそうな目でおねだりをしてくる。
「ダメよ、リーザちゃん。あなた、ライブ本番前の大事な時期なんだから、パンの耳で我慢して」
「そんなぁぁっ!!」
私たちは、なんとか『歩く自然災害』の胃袋をジャンクフードで支配し、家庭内コンプライアンス(法令遵守)の基盤を築き上げた。
だが、そんな私たちのカオスな朝食風景を、窓の外から誰かがじっと見つめていた。
ポポロ村の村役場に、一人の男が乗り込んできた。
帝国の紋章が刻まれた重厚な外套を羽織った男――中央監査官ザックである。
彼はポポロ村に莫大な資金が流れているという噂を嗅ぎつけ、不当な税の徴収を目論んでやってきたのだ。
「フン……。この辺境の村に、一体どれほどの財宝が眠っているのやら」
ザックは村長を脅しつけ、帳簿を出せと要求していた。
帳簿には、前章のライブ収益に加え、女王リヴァイアサンからの協賛金、そしてルナが毎月送りつけてくる『純金100kg』の記録が記されている。
「……なんだこの数字は!? 純金100kgだと!? 辺境の村になぜこんなものが!?」
ザックの顔が、強欲で歪む。
本来ならば、中央の監査官である彼が、国家の利益として没収するのが正しい手続きだ。しかし、この男は違った。彼はこの財産をそっくりそのまま自分の懐に入れ、帝国からトンズラするつもりだったのだ。
「ククク……これさえあれば、帝国などおさらばして、隣国で王侯貴族のような生活ができる……!」
男はルナたちが暮らすシェアハウスの方へと歩き出し、悪辣な笑みを浮かべた。
「あの無能そうな小娘どもから、すべてを毟り取ってやる。監査という権力を振りかざせば、あの田舎者たちは震え上がって言いなりになるはずだ」
彼は知らない。
その家の中にいるのは、自分たちを「お金を稼ぐためのツール」としか思っていない強欲な人魚と、そして何より、自分の全財産を不当に奪おうとする輩には、一切の慈悲を見せない「限界OLの魂を持ったプロデューサー」が潜んでいるということに。
「さあ、まずは村長を脅して、あのエルフの小娘を連れ出すとしようか」
男の影が、ポポロ村に深く伸びる。
アマネたちの平和な朝食タイムに、国家権力の牙を剥いた新たな敵が近づいていた。
「さて……そろそろ、朝のゴミ拾い(防衛戦)の準備を始めようかしら」
私はルナにカップ麺のスープを飲み干させながら、窓の外で怪しい動きを見せる男に目を留め、静かに呟いた。
「どうやら、またコンプライアンスの勉強が必要な人が来たみたいね」
私は『善行ポイント通販』を開き、次に使う『お仕置きメニュー』を物色し始めた。
今度の監査官は、前回のプロモーターよりも遥かにたちが悪い。権力という鎧を着ているからだ。
「でも、大丈夫。権力を傘に着るタイプの人間ほど、自分の失脚に気づいた時の顔は面白いから」
私は唇の端を吊り上げ、冷たい笑みを浮かべた。
エルフの天然の善意と、乞食の強欲、そして限界OLの冷徹な知性。
この三つの要素が噛み合った時、ポポロ村を舞台にした「権力者破滅劇」が、再び幕を開ける。
ルナが食べたカップ麺の残り香が、まだリビングに残っている。
彼女は今、ジャンクフードの旨味に完全に洗脳され、私の指示を待つ「最高の駒」になっていた。
あとは、どうやってこの監査官を誘導し、自分の墓穴を掘らせるか。
「リーザちゃん、フェイト。次の『ゴミ拾い』の作戦会議よ」
私はバインダーを叩き、ポンコツたちを招集した。
権力の味を占めた悪徳監査官が、最後には泥と石コロしか手に残らない、見事な自滅ルートへの誘導を開始する。
ルナミス帝国の威信を背負った男が、辺境の小さな村で、一人の「元・OL」に完膚なきまで叩きのめされるその瞬間まで、あとわずか。
「楽しみね。どんな表情で泣き叫ぶのか、今からワクワクするわ」
私はコーヒー(もちろん、ただのブラック)を一口飲み、最高の結末に向けて、悪魔のような知略を巡らせ始めた。
読んでいただきありがとうございます。
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