EP 3
「臓器売買のすゝめ(コンプライアンス違反)」
朝食での『市場破壊(野菜の無限生成)』未遂事件から数時間後。
私はルナの「天然の善意による大暴走」を未然に防ぐため、彼女にポポロ村の案内を兼ねた『人間界の一般常識講習』を行うことにした。
「わぁっ! 見てくださいアマネさん! あの屋根、茅葺きっていうんですか? 世界樹の葉っぱじゃなくて、枯れた草でできてるなんて……とっても素朴で可愛らしいですね♡」
「ええ、まあ、田舎の村だからね。ルナさん、絶対にあの屋根を『燃えやすそうだから丈夫な植物に変えてあげますね!』とか言って魔法をかけないでよ?」
「むっ。私、朝食の時にアマネさんから『勝手に生成しない』ってちゃんと教わりましたから、我慢できます!」
パステルカラーのドレスを揺らしながら、村の風景に目を輝かせるルナ。その姿は、絵画から抜け出してきたように美しく、可憐だ。
護衛として後ろをついてきているフェイトも、「いやぁ、中身はともかく顔面偏差値は国宝級っすね。眼福っす」と鼻の下を伸ばしている。
そんな平和な村の視察を続けていた時だった。
「はぁ……困ったな。今月も借金の返済が……」
広場の隅のベンチで、村の農家の男性(クイーンメロロン騒動の時に全財産を土に埋めようとして妻に絞られたおじさんの一人だ)が、ペラペラの財布を見つめながら深いため息をついていた。
「あら?」
ルナの尖ったエルフの耳が、そのため息を敏感にキャッチした。
彼女の瞳に、「困っている人を助けたい」という純度100%の善意の光が灯る。
「ちょっとルナさん、勝手に動かないで!」
私が止める間もなく、ルナはふわりとした足取りでおじさんの目の前へと歩み寄った。
「こんにちは、おじさま! もしかして、お金にお困りですか?」
「えっ? あ、ああ……。あんた、見ない顔だが、すげぇ別嬪さんだな。……実は、王都の商会に少し借金があってね。今年の冬を越せるかどうか……」
おじさんが美しいエルフの少女に見とれながらポツリとこぼすと、ルナは両手を胸の前で合わせ、パァッと天使のような笑顔を咲かせた。
「まあ、そうだったんですね! 可哀想に……。でも、もう安心してください! 私、とっても『いい方法』を思いつきました!」
「い、いい方法? そんな、見ず知らずの俺に金でも恵んでくれるのかい?」
「ふふっ♡ お金を直接あげるのは、アマネさんに『市場のコンプライアンス違反だ』って止められているのでできません。でも、おじさま自身の体を使って、無限にお金を生み出す錬金術があるんです!」
嫌な予感がした。
私の前世のブラック企業で培われた『重大インシデント予知センサー』が、警鐘をガンガンと鳴らし始めた。
「ル、ルナさん? 一体何を提案する気……」
「おじさま!」
ルナは私の制止を無視し、おじさんの両手をギュッと握りしめて、とびきり明るい声で言い放った。
「貴方の『腎臓』を売りましょう!!」
「…………は?」
おじさんの動きが、ピタリと止まった。私も、後ろにいたフェイトも、完全にフリーズした。
「人間界では、健康な内臓は裏社会や医療ギルドでとっても高く売れるって、森の植物さんたちが教えてくれました! だから、まずおじさまの腎臓を摘出して売り払います!」
「き、貴様……何を恐ろしいことを笑顔で……っ!」
「安心してください! 痛いのは一瞬です! 摘出した直後に、私がエルフの秘伝『超位・肉体再生魔法』をかけますから! 3秒で新しい腎臓がピカピカの状態で生えてきますよ♡」
ルナの提案は、留まるところを知らなかった。
「これを一日100回繰り返せば、おじさまはあっという間に大富豪です! 借金なんて秒で返せますし、ルナミス帝国の腎臓市場を独占できます! さあ、遠慮しないで! 私が今すぐ、風の刃(魔法)でお腹を綺麗に切ってあげますね♡」
「ヒィィィィィィィィッ!!!」
おじさんは顔面を蒼白にさせ、悲鳴を上げてベンチから転げ落ちた。
「ストォォォォォォォォップ!!!」
私は猛ダッシュでルナに飛びかかり、彼女の後頭部にスパーン! と渾身の手刀(峰打ち)を叩き込んだ。
「あいたっ!? ア、アマネさん!? どうして叩くんですかぁ!」
「当たり前でしょ!! あんたは村人を解体業者にでもする気!? コンプライアンス違反どころの騒ぎじゃないわ! 倫理観の完全な崩壊! BAN対象! アナステシア世界が滅びるわよ!!」
私が絶叫すると、おじさんは「た、助けてくれぇぇ! 綺麗な顔した悪魔だぁぁ!」と叫びながら、脱兎のごとく村の奥へと逃げ去っていった。
「ああっ、おじさま! 待ってください! 肝臓でもいいですよ! 肝臓なら切ってもすぐ生えますし!」
「追い打ちをかけるな!!」
私はルナのドレスの襟首を掴み、力いっぱい引き戻した。
「アマネさぁん……痛いですぅ。私、困ってる人を助けようとしただけなのに……」
ルナは涙目になりながら、頬を膨らませた。
「あのね、ルナさん。人間の臓器を売買するなんて、絶対にやっちゃダメなことなの! いくら魔法で再生できるからって、命や体を金稼ぎの道具にするなんて、道徳的に許されないでしょ!?」
私が必死に説教するが、ルナは不思議そうに小首を傾げた。
「でも、おじさまはお金が欲しいんですよね? 私の魔法なら痛みも残らないし、誰も損しないじゃないですか。何がいけないんですか?」
「そ、それは……生命の尊厳とか、倫理的な問題が……!」
私の言葉は、彼女の心に全く響いていなかった。
世界樹という絶対的な存在からすべてを与えられ、無限の力と寿命を持つエルフの彼女には、人間の「限りある命の重み」や「社会のルール」という概念が根底から欠落しているのだ。
「……アマネ様」
ふと、私の背後の茂みから、ガサリと音がした。
振り返ると、いつの間にか私たちの後をつけてきていたリーザちゃん(芋ジャージ姿)が、目をギラギラと輝かせながら立っていた。
「さっきのお話……本当ですの?」
「リーザちゃん!?」
「ルナ様の魔法なら、臓器を売っても3秒で元通りになる……。一日100回売れば、大富豪……!」
リーザちゃんはゴクリと生唾を飲み込み、ルナの前にスライディング土下座をキメた。
「ルナ様!! ぜひ、私の腎臓を!! いえ、腎臓と言わず、肝臓も脾臓もセットで!! 王都の裏オークションに流せば、莫大なアイドルの活動資金(と私用の城)が手に入りますわーーっ!!」
「わぁっ! リーザさんは分かってくれますか! いいですよ、私、喜んで執刀しますね♡」
「やるなぁぁぁっ!!!」
私はリーザちゃんの脳天にも容赦なく手刀を叩き込んだ。
「痛いですわーっ!」と蹲るリーザちゃんの首根っこを掴み、私は天を仰いだ。
「あんたは絶対無敵のアイドルでしょ! 自分の内臓をグッズみたいに量産して出荷するアイドルがどこにいるのよ!」
「背に腹は代えられませんわ! 臓器の一つや二つ、ファンのための御縁と思えば安いものですの!」
「倫理観の底が抜けすぎてるわ!!」
私は頭を抱え、しゃがみ込んだ。
ダメだ。言葉で「コンプライアンス」を説いても、天然の善意と底なしの強欲(乞食アイドル)には全く通じない。
このままでは、ポポロ村が臓器密売の拠点として帝国騎士団に討伐されてしまう。
「……アマネさん、大丈夫っすか? 胃薬、飲みます?」
フェイトがドン引きした顔で、そっと水筒を差し出してきた。
「ありがとう、フェイト。……でも、胃薬じゃ解決しないわ」
私は立ち上がり、ニコニコと微笑んでいるルナをじっと見つめた。
言葉や理屈が通じないなら、生物としての『本能』に直接訴えかけ、私が彼女より上位の存在(ルール決定者)であると分からせるしかない。
「フェイト、リーザちゃん。ルナさんを家に連れて帰って。……私は少し、『準備』をするわ」
「準備……ですの?」
「ええ。エルフの誇り高きオーガニックな価値観を、根底から破壊するための劇薬よ」
私は視界の端に浮かぶ『善行ポイント通販』の画面を呼び出し、静かに検索条件を絞り込んだ。
自然の恵みだけで育ち、世界樹の完璧な食事しか知らない彼女の味覚を、たった一口で狂わせる地球の『禁忌の果実』。
化学調味料(MSG)、大量の塩分、そして揚げ油。
人類が生み出した最も罪深く、最も抗いがたい背徳の味――『ジャンクフード』の洗礼を、この歩く自然災害に叩き込んでやるのだ。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




