第十二章 歩く災害の襲来と、化学調味料の洗礼
「突然の火炎龍と、拒絶されるエルフ」
吐く息が白く染まる季節がやってきた。
ルナミス帝国と他国の緩衝地帯であるポポロ村にも、本格的な冬の足音が近づいている。
「あー、極楽、極楽……。やっぱり冬はこれに限るわね」
村長宅――現在、私たちが間借りしているカオスなシェアハウスの居間で、私は『善行ポイント通販』で取り寄せた地球の叡智『こたつ』に首まで潜り込み、ほうっと至福の溜息を吐いていた。
「アマネ様、この『こたつ』という魔導具、本当に恐ろしい発明ですわ……! 一度入ったら最後、一生ここから出たくなくなりますの!」
私の向かい側では、特売の芋ジャージを着込んだリーザちゃん(絶対無敵の地下アイドル兼プロの乞食)が、こたつ布団にすっぽりと包まりながら、相変わらずパンの耳をかじっている。
「アマネ、みかん剥いて。あと五個くらい」
隣では、金髪の美少女の姿をした幻の第六聖獣・リンちゃん(麒麟)が、こたつの上でゴロゴロと寝転がりながら要求してきた。
「はいはい。リンちゃん、ビタミンCの摂りすぎで手が黄色くなってるわよ」
前世のブラック企業で、暖房の切れた深夜のオフィスでコートを着込みながら震えてエクセルを叩いていた頃に比べれば、天国のような冬の朝だ。
村の人たちのためにこっそり地球の風邪薬や使い捨てカイロを取り寄せ、ポイントも順調に貯まっている。たまに悪徳商人が襲ってくるが、基本的には平和なスローライフ――。
――ドゴォォォォォォォォォッ!!!
「「「!?」」」
突如、窓ガラスがビリビリと割れんばかりの轟音が響き渡り、私たちの平和なこたつタイムは木端微塵に粉砕された。
同時に、冬の冷え切っていたはずの室内の温度が、サウナのように異常な急上昇を始める。
「な、なんですの!? 敵襲!? またあの悪徳プロモーターの残党が!?」
「違うわ、これは……!」
私はこたつを跳ね除け、慌てて窓の外を覗き込んだ。
そこには、私の限界OL時代の常識を根底から覆す、とんでもない光景が広がっていた。
「ギャァァァァァッ! 逃げろぉぉっ!」
「火事だ! 誰か水魔法を使える奴を呼べ!!」
ポポロ村の広場が、地獄の業火に包まれていたのだ。
いや、ただの火事ではない。炎そのものが意思を持ったように渦を巻き、鱗と牙を備えた全長二十メートルはあろうかという巨大な『火炎龍』が、空高く咆哮を上げていた。
火炎龍が吐き出す熱波で、広場の石畳がドロドロに溶け始めている。
「ひぃぃっ! アマネさん! たすけて!!」
広場の隅では、私のポンコツ護衛であるフェイトが、腰を抜かして這いつくばっていた。
「フェイト! あんたA級冒険者でしょ、何とかしなさいよ!」
「無理っす! コイントスする前に剣が熱で溶けました!!」
まさに阿鼻叫喚のパニック映画である。
だが、その絶望的な光景の中心――猛り狂う火炎龍の足元に、一人だけ全くこの場にそぐわない存在がいた。
「ふふっ♡ 皆さん、とっても暖かくなりましたね!」
燃え盛る炎をバックに、両手を胸の前で組み、天使のような無垢な笑顔を浮かべている少女。
雪のように白い肌と、長く美しい銀糸の髪。尖った耳。
そして、泥臭い辺境の村には絶対にありえない、パステルカラーのふわふわのお嬢様ドレスを身に纏った『エルフ』の美少女だった。
「……えっと。あの子が、あの火炎龍を出したの?」
「そのようですわね……アマネ様、あの方、頭のネジが何本か飛んでいらっしゃるのでは?」
リーザちゃんの的確すぎる指摘に、私は全力で同意した。
エルフの少女は、泣き叫んで逃げ惑う村の子供たちに向かって、ニコニコと手を振っている。
「さっき、広場で子供たちが『手が冷たい、寒いよぉ』って震えていたのが可哀想で……。だから私、精霊さんにお願いして『とびきり暖かい火』をプレゼントしてあげたんです! これで冬もポカポカですね♡」
――ピキッ。
私の脳内の、前世で培われた『コンプライアンス(法令遵守及び安全管理)センサー』が、警報を通り越して大爆発を起こした。
(子供が寒いと言ったから、村の広場に特大の火炎龍を召喚!? バカなの!? 温度調節の概念ってものを母親の胎内に置き忘れてきたの!?)
善意100%のテロリズムである。
悪意のある攻撃なら対処のしようもあるが、「相手を温めてあげたい」という純粋な善意から生み出された破壊行為ほど、タチの悪いものはない。
このままでは、ポポロ村が「ポカポカ」を通り越して「消し炭」になってしまう。
「リンちゃん! お願い、アレを止めて!」
「えー。私、こたつから出たくないんだけど」
「ルナキンの特大チョコレートパフェ、三日連続で奢るから!!」
「交渉成立!」
リンちゃんはこたつからスポンと抜け出すと、芋ジャージ姿のまま、のっそりと広場へと歩み出た。
「ああっ、リンちゃん! 危ないですわ!」
リーザちゃんが悲鳴を上げるが、リンちゃんは全く意に介さず、猛威を振るう巨大な火炎龍の真正面へと立った。
『グォォォォォォォッ!!』
火炎龍が、リンちゃんを見下ろして威嚇の咆哮を上げる。
しかし、次元を超越した幻の第六聖獣・麒麟であるリンちゃんにとって、ただの魔法で作られた火炎龍など、大きめのライターの火と大差なかった。
「ちょっと熱すぎるよ、君」
リンちゃんが、面倒くさそうに右手を軽く横に振った。
――バチィィィィィィィィンッッ!!!
その瞬間、リンちゃんの平手打ち(ビンタ)の軌跡に沿って、黄金色の極太の雷光が弾けた。
何千ボルト、いや何億ボルトかも分からない圧倒的な雷撃が、火炎龍の横顔に直撃する。
『ギャッ!?』
断末魔の叫びを上げる間もなく、二十メートルの火炎龍は、物理法則を無視した雷の衝撃によって一瞬にして原子レベルまで分解され、跡形もなく霧散してしまった。
後に残ったのは、熱気でモワッとした空気と、焼け焦げた広場の石畳だけだった。
「……ふぅ。これでこたつに戻れる」
リンちゃんは欠伸をしながら、何事もなかったかのように引き返してくる。
「わぁっ! すごいです! 今のキラキラした光、とっても綺麗でした!」
パチパチパチッ! と。
エルフの少女が、心からの感嘆の声を上げて拍手しながら、私たちの方へと駆け寄ってきた。その瞳には、自分の出した火炎龍が消されたことへの怒りなど微塵もなく、純粋な好奇心だけが輝いている。
「初めまして! 私、世界樹の森から来ました、ルナ・シンフォニアと申します! 植物の精霊さんたちから、この村に『とっても優しくて面白い人たち』が住んでいると教えてもらって、ずっとお会いしたかったんです!」
ルナと名乗ったそのエルフは、ふわふわのドレスを揺らしながら、私とリーザちゃんの手をガシッと握りしめた。
「あなたたちが、アマネさんとリーザさんですね! 私、決めました! 今日から私も、あなたたちのお家で一緒に暮らします! きっと毎日がポカポカで、素晴らしい日々になりますよ♡」
満面の、一点の曇りもない天使の笑顔。
だが、その笑顔の裏にある『圧倒的な常識の欠如』と『歩く自然災害』としてのポテンシャルを、私とリーザちゃんは細胞レベルで察知した。
(この子を家に上げたら……家が、物理的に燃える!!)
前世のブラック企業で、クラッシャー気質の新人(悪気はないがシステムの本番環境を平気で吹き飛ばすタイプ)を押し付けられそうになった時の、あの背筋が凍るような悪寒。
「アマネ様……! この女、ダメですわ! 私の長年のサバイバル生活で培った『乞食センサー』が、関わったら命に関わると全力で警鐘を鳴らしておりますの!」
リーザちゃんが、芋ジャージを震わせながら私の耳元で囁く。
「同感よ。悪い子じゃないんだろうけど、コンプライアンスと安全管理の観点から言って、絶対に同居は不可能だわ!」
私たち二人の意見は、音速で一致した。
「ルナさん、でしたね」
私はルナの手を優しく、しかし強引に振りほどいた。
「せっかくのお申し出ですが、我がシェアハウスは現在満室でして。それに、火災保険……じゃなくて、防火対策が全く整っていないので、あなたのような『情熱的すぎる』方はお断りしております」
「えっ? でも、私、家事もお手伝いしますし、冬はいつでも火を出して温めてあげられますよ?」
「それが一番の問題なのよ!! 帰って! 世界樹の森の安全な鳥籠にお帰りなさい!!」
私はリーザちゃんの腕を掴み、猛ダッシュで村長宅へと引き返した。
「リンちゃん、早く入って! フェイト、あんたも手伝いなさい!」
「えっ、俺もっすか!?」
私たちは家の中に飛び込むと、分厚い樫の木のドアを「バタン!!」と勢いよく閉め、内側からガチャガチャとすべての鍵をかけた。
さらにそれだけでは飽き足らず、リビングの重いソファーや棚、タローマン製のカラーボックスなどを総動員して、ドアの前に山積みにし、強固な『バリケード』を構築した。
「ハァ……ハァ……よし、これで完璧よ……!」
「アマネ様、念のため窓にも板を打ち付けておきましょう! あの女、ニコニコしながら火の玉を投げ込んできかねませんわ!」
私とリーザちゃんが肩で息をしていると、ドアの向こう側から、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえてきた。
『ア、アマネさぁん……リーザさぁん……? どうしてドアを閉めちゃうんですかぁ……?』
ルナの、ひどく悲しそうな、今にも泣き出しそうな声が響く。
『私、お友達になりたいだけなんです……。火が熱すぎたなら、ごめんなさい……次はもっと弱くしますからぁ……っ』
グスッ、と鼻をすする音が聞こえる。
普通なら「可哀想に」と情が湧くところだが、私は心を鬼にした。前世で「悪気はなかったんですぅ」と泣く新人の尻拭いで、何度徹夜したか分からない。コンプライアンスの危機は、水際で防がなければならないのだ。
「ダメよ! 絶対に開けないからね! あなたとは住む世界(倫理観と温度感)が違いすぎるの!」
「そうですわ! パンの耳を分け合う気など一切ありませんのよ!」
『うぇぇぇん……そんなぁ……開けてくださいよぉぉ……!』
ドアの向こうで、エルフの次期女王候補が本気で泣き始めた。
申し訳ないとは思うが、私たちの平和なスローライフ(と命)を守るためには、この強固なバリケードを決して崩すわけにはいかない。
――そう、この時の私は完全に油断していたのだ。
私と強固な絆で結ばれているはずの『絶対無敵の地下アイドル』の、どうしようもないほどの現金さと、底なしの強欲さ(乞食根性)を。
翌朝、この鉄壁のバリケードが、たった一つの『フルーツバスケット』によってあっさりと内側から決壊させられることになるとは、限界OLの私でさえ予測できなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




