EP 10
「母の涙と、絶対無敵のスポンサー」
「ウオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!」
鳴り止まない大歓声と、アンコールを求める熱狂の渦。
リンちゃんのスモーク魔法が少しずつ晴れていくステージの上で、リーザちゃんは肩で息をしながらも、この世のすべてを手に入れたような、最高に輝くアイドルの笑顔を浮かべていた。
「アマネ様……! 私、やりましたわ! 宇宙一のステージ、やり切りましたわーっ!」
袖に駆け寄ってきたリーザちゃんが、マリンブルーのドレスを揺らして私に抱きついてくる。
「ええ、最高のライブだったわ! お疲れ様、リーザちゃん!」
私が彼女の背中をポンポンと叩いて労った、まさにその時だった。
「――リーザ」
波の底から響くような、威厳に満ちた声が広場の熱狂を切り裂いた。
VIP席から立ち上がったシーラン国の絶対君主、女王リヴァイアサンが、ゆっくりとステージの方へ歩み寄ってきたのだ。
「ひぃっ……! お、お母様……っ」
先程までの無敵のアイドルオーラはどこへやら。リーザちゃんは一瞬にして「親に嘘がバレた子供」の顔になり、私の背後にガタガタと震えながら隠れた。
女王は私たちの前で立ち止まると、冷たい瞳でリーザちゃんを見下ろした。
「……あの歌詞は、何ですか。金貨が欲しい、株券が欲しい、男のすべてを奪って生きていく……。一国の王女たる者が、大衆の面前であのようなはしたない欲を丸出しにして歌い踊るなど……」
「お、お怒りになるのも無理はありませんわ! でも、あれはただの演出で……っ! 私、本当は毎日パンの耳をかじって慎ましく――」
「――見事です、リーザ!!」
「えっ?」
「はい?」
女王リヴァイアサンは、突如として両手で顔を覆い、ボロボロと大粒の真珠(人魚の涙)をこぼし始めた。
「お母様……? 怒って、ないんですの?」
「怒るどころか、母は誇らしいですよ!」
女王は感極まった様子で、リーザちゃんを力強く抱きしめた。
「古来より、我ら人魚族の真骨頂は『歌声で陸の男たちを魅了し、その財産と命を海へ貢がせること』にあります! 貴方はあのステージで、数千人の男たちから見事に熱狂と富を搾り取ってみせた! それも、血を流すことなく、彼らを笑顔にしたままで!」
「……えっと、そういう解釈になりますの?」
「ええ! しかも聞けば、帝国のオルフェウス大公殿下まで貴方のスポンサーについているとか。これぞシーラン王家の娘の究極形! 貴方は立派に、陸の世界で大成功を収めましたね……っ!」
女王の壮大な勘違い(いや、人魚族の価値観からすれば大正解なのか?)により、事態は思わぬ方向へフルスイングで着地した。
結果的に、リーザちゃんは『種族の誇りを見事に体現したトップアイドル』として、実の母親から大絶賛を受けることになったのである。
「あ、ありがとうございますお母様! 私、これからも銀河の果てまで男どもから搾り取っていきますわーーっ!」
「リーザちゃん、アイドルとしての建前が完全に崩壊してるから!」
私はツッコミを入れつつ、ヘナヘナとその場に座り込みそうになった。
どうやら、深海への強制送還の危機は完全に去ったようだ。
「プロデューサー殿」
不意に、女王リヴァイアサンが私に向き直り、深々と頭を下げた。
「我が娘の才能を引き出し、これほどの舞台を用意してくださったこと、シーラン国を代表して心より感謝いたします。これはほんの気持ちですが、今後の貴女の活動と、このポポロ村の発展のために使ってください」
女王の側近が、ズシリと重い宝箱を私の前に置いた。
中には、金貨だけでなく、深海でしか採れない極上の真珠や宝石が山のように詰まっていた。大公様の「太客スパチャ」に続き、女王からの「特大の協賛金」である。
「アマネ。君の『誰も傷つけないプロデュース』が、また一つ世界を繋いだね」
いつの間にか私の隣に立っていた大公様が、優しく微笑みかけてくる。
「……大公様。私、なんだか前世の十倍くらい、大きなプロジェクトを動かしてる気がします」
「君の器は、こんな村の広場には収まりきらないということさ。私はずっと、その一番の特等席で君の輝きを見守らせてもらうよ」
大公様の甘い言葉に、私はまたしても顔を赤くして俯くしかなかった。
***
――翌日のこと。
祭りの後の静けさが漂うポポロ村の広場。
機材の解体作業が進む中、私はドリスちゃんの工房を訪ねていた。
「ドリスちゃん、昨日は本当にお疲れ様。はい、約束の『ダブルチーズバーガーとフライドポテト特盛り』よ」
「神ッス……アマネプロデューサーは私の唯一神ッス……」
すっかり私の家に(というより地球のジャンクフードに)餌付けされたドワーフの美少女職人は、両手でハンバーガーを拝むように受け取り、ガブリと齧り付いて恍惚の表情を浮かべていた。
「これで機材の保守点検もバッチリ終わるッス。……正直、外に出るのはまだ怖いッスけど、プロデューサーの頼みなら、これからも音響でも魔導具でも、なんだって作るッスよ」
「ええ、頼りにしてるわ。これからもよろしくね、ドリスちゃん」
外に出ると、広場の隅で、昨日の主役だったはずのリーザちゃんが、野良犬相手に『タローソンの廃棄弁当』を巡って熾烈な威嚇合戦を繰り広げていた。
「シャーッ! これは私のタダ飯ですわ! 邪魔するなら雷魔法を呼びますわよ!」
「……ちょっとリーザちゃん。女王様から莫大な活動資金をもらったんだから、少しくらい美味しいご飯食べなさいよ」
私が呆れて声をかけると、リーザちゃんは廃棄弁当を胸に抱え込みながら、キリッとした顔で言い放った。
「何をおっしゃいますの、アマネ様! あの協賛金は、次回のライブの機材費と、私のキラキラの衣装代に全額投資しましたわ! アイドルたるもの、ステージ以外での生活費など切り詰めて当然! タダ飯こそが正義ですの!!」
貧乏神のデバフが外れようが、女王に認められようが、彼女の根底にある『乞食のサバイバル精神』は決して揺らがないらしい。
私は前世で、稼いだお金をすべて舞台や推し活に注ぎ込んで、自分はカップ麺で生活していた舞台役者の友人たちを思い出し、どこか納得してしまった。
「まぁ、リーザちゃんがそれで幸せならいいわ。……あ、フェイト! そこサボらないで資材運んで!」
「ヒィィッ! コイントスする暇もない! アマネさん、俺もう右腕が上がりませんよぉ!」
昨日、完璧なヲタ芸を披露して完全に燃え尽きた護衛のフェイトが、悲鳴を上げながら丸太を運んでいる。
少しずつ、私の周りに賑やかで残念な、でも絶対に裏切らない仲間たちが増えていく。
ポポロ村でのスローライフとは程遠いけれど、この騒がしい日常が、私はとても好きになっていた。
***
――その頃、天界。ゴッドチューブ運営管理室。
「素晴らしい……! 本当に素晴らしいですわ、アマネさん!」
月の女神カグヤが、最高級のシルクのハンカチで滝のような涙を拭っていた。
モニターには、リーザちゃんの『Love & Money』のライブ映像と、鳩に追われてホームレスへと転落していく悪徳プロモーター・ザックの姿が交互に映し出されている。
「母親の期待に応えるための愛の偽装が、本物の奇跡を生む! そして、他者の努力を不当に奪おうとした強欲な悪人は、自らが持ち込んだ『いただケール』の因果によって、見事に最底辺の貧乏神を引き受けて自滅する! これぞ極上のエンターテインメント! PVも高評価も、歴代最高記録を更新中ですわ!」
カグヤのブースが歓喜に沸く一方で。
「ガッシャァァァンッ!!!」
隣のブースでは、炎上神ワイズが自分のノートパソコンを床に叩きつけ、完全に発狂していた。
「なんでだぁぁぁっ!! 俺の用意した『いただケール』が、なんであんな地下アイドルの胃袋に消えてんだよ!! アマネの有能なスキルと権限を俺の勇者陣営に引き抜くはずだったのに、ふざけんなぁぁっ!!」
ワイズは血走った目で、カグヤのモニターに映るアマネの姿を睨みつけた。
「クソッ……! 田舎村のただの令嬢の分際で、俺の『やらせ炎上配信』の数字をことごとく潰しやがって……! いいだろう、そこまで目立つなら、直接潰してやる」
ワイズは通信石を手に取り、地上にいる自らの契約勇者――偽善と金にまみれた『勇者ゼロス』へと通信を繋いだ。
「おい、ゼロス。次の配信の舞台は決まった。ルナミス帝国の辺境……ポポロ村だ。あそこでお前の『勇敢なる救済劇』を派手にぶちかませ。あの生意気な小娘から、何もかも奪い取ってやる」
***
そんな神々の思惑など知る由もない私は、村長宅のキッチンで、ドリスちゃんのために明日のピザのメニューを考えていた。
「次はシーフードピザにしようかな。大公様には……うん、私の手作りクッキーでも焼いてお礼をしよう」
穏やかな日常。
しかし、大公の寵愛を受け、女王の目に留まり、ゴッドチューブで圧倒的なPVを叩き出し始めたポポロ村は、もはや「辺境の監視所」ではいられなくなっていた。
私の『誰も傷つけない善行』が、いよいよこの世界の根本的な歪み――ワイズと勇者ゼロスが振り撒く『三流の偽善』と真っ向から激突する日は、すぐそこまで迫っていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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