EP 9
「絶対無敵のスパチャアイドル開演!」
「ドリスちゃん、メイン電源オン! リンちゃん、照明スタンバイ! 行くわよ!」
「了解ッス! カロリーの悪魔的パワー、全部魔導回路にぶち込むッス!!」
「オッケー! バチバチーッ!」
私がトランシーバー代わりの魔導通信石で指示を飛ばした瞬間。
ポポロ村の広場に設置された特設ステージに、ズドォォォォン! と内臓を震わせるような重低音が響き渡った。ドリスが廃材と魔導石で組み上げた超高出力スピーカーが、完璧なクリアさでイントロのビートを刻み始める。
同時に、リンちゃんの指先から放たれた黄金色の雷魔法が、ステージ上のクリスタルで乱反射し、何本もの鮮やかな緑色のレーザー光線となって夜空を切り裂いた。
「おおおおぉぉぉぉぉっ!!」
広場を埋め尽くした観客たち――村の人々や、サクラとして動員された大公軍の近衛兵たちから、どよめきと歓声が上がる。
中世レベルの文明しか持たない彼らにとって、地球のクラブイベントやドームライブさながらの音圧と光の演出は、まさに魔法以上の『奇跡の光景』だった。
そして、その光の中心。
スモーク(これもリンちゃんの魔法による水蒸気だ)が晴れたステージの中央から、マリンブルーのフリルドレスを身にまとった一人の少女が、ポップアップのように勢いよく飛び出してきた。
「さあ、ショーの始まりよ! 銀河の果てまで、私についてきなさい!!」
『貧乏神』が完全に抜け落ち、本来のポテンシャルを120%解放した腐っても人魚姫。
我らが絶対無敵の地下アイドル、リーザちゃんの降臨である。
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!!」
ステージの最前列で、完璧なMIXが炸裂した。
私の護衛であるフェイト・ラックだ。彼は両手に高輝度の魔導ペンライトを握りしめ、A級冒険者の並外れた身体能力を『ヲタ芸』に全振りしていた。
「俺の肩甲骨が砕けようとも! アマネさんにマグローザ漁船に売られるよりはマシだぁぁっ!! そーれ、ロマンス!!」
彼の完璧な先導に釣られ、屈強な近衛兵たちも一斉に「ウオオオォォッ!」と野太い声を上げながらペンライトを振り乱す。地鳴りのような熱狂が、一瞬にして会場を飲み込んだ。
その圧倒的なボルテージの中、リーザちゃんがマイク(魔導拡声器)を握り、歌い始めた。
『♪朝に目覚ましが鳴ったわ(ジリリリ!)』
『♪私はまだ眠いわ(おはよー!)』
透き通るような、それでいて魂の奥底を直接揺さぶるような歌声。
人魚族特有の『魅了』と『バフ(味方強化)』の魔力が乗ったその声は、広場にいる全員の疲労や悩みを一瞬で吹き飛ばし、心臓の鼓動を強制的にステージへとリンクさせていく。
(すごい……! これが、本来のリーザちゃんの歌声……!)
ステージ袖でインカムを押さえながら、私は鳥肌が立つのを感じていた。
毎日パンの耳をかじり、みかん箱の上で歌っていた彼女の、泥臭くて真っ直ぐな執念。それが今、最高の音響と照明によって完璧なエンターテインメントへと昇華されている。
『♪愛も富も一つの物!(どっちもちょーだい!)』
『♪ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪(Want You! Want You!)』
……歌詞の強欲さは相変わらずだが。
だが、その突き抜けた『欲望への素直さ』が、逆に観客たちの心を強烈に惹きつけていた。
VIP席に座るシーラン国の女王リヴァイアサンは、目を見開いたままステージ上の娘を凝視していた。
「あ、あの歌詞は一体何ですの……? あんなはしたない要求を大衆の前で……!」
女王が戸惑いと怒りで扇子を握りしめた、その時だった。
「リーザアァァァッ!! 俺のすべてを捧げるぞぉぉっ!!」
ザラザラザラッ!!
ステージの最前列にいた農家のおじさんたち(クイーンメロロン騒動で散財しかけた面々)が、自らの財布をひっくり返し、ステージに向かって銅貨や銀貨を投げ入れ始めたのだ。
「えっ!?」
「な、なにをしてるんですの、あの者たちは!?」
女王が驚愕の声を上げる。
それは、アナステシア世界における物理的な『投げ銭』の瞬間だった。
リーザちゃんの歌声が放つ「私は運命、だから貴方達の全てをちょうだい♡」という、圧倒的なまでの全肯定と強欲の等価交換。
観客たちは、日々の辛い労働や理不尽な現実を忘れさせてくれる彼女の圧倒的な輝きに対し、惜しみなく対価(御縁)を支払い始めたのである。
「♪だから私は、銀河の果てまで歌って行けるわ! だから、何処までもついて来てね♡(一生ついていくよー!!)」
リーザちゃんがステージの端まで駆け寄り、客席に向かってバチン! と完璧なウインクを飛ばした。
その瞬間、観客の熱狂は臨界点を超えた。
「ああ……なんという一体感。なんという熱量だ」
VIP席でその光景を見ていた大公様が、静かに、しかし深く感嘆の息を漏らした。
彼は立ち上がると、懐から王家の紋章が入った革袋を取り出し、それをごく自然な動作で、ステージの袖にいる私の方へと軽く放り投げた。
「えっ……? 大公様?」
私が慌てて受け取ると、その革袋の中には、目も眩むような黄金の輝き――金貨がぎっしりと詰まっていた。
「私の『推し』は、ステージの上で踊る人魚の娘ではない。泥だらけになって、誰かのためにこの奇跡の空間を作り上げた、愛しい『プロデューサー(君)』だ」
大公様は、騒音の中でもはっきりと聞こえる通る声で私に囁き、優雅に微笑んだ。
「君が手がけたこの素晴らしい熱狂に、最初の太客として、心からの賛辞を贈ろう」
「大、大公様ぁ……っ」
不意打ちすぎる極上の溺愛と、あまりにも重すぎる物理的な投げ銭(金貨の袋)に、私は顔から火が出そうになった。
前世で、徹夜でイベントを成功させても「お疲れ、じゃあ次よろしく」と定型文で片付けられていた私に、こんなにも真っ直ぐに、私の裏方の努力を評価し、愛してくれる人がいる。
『♪夢も金貨も輝くもの!(どっちも好きー!)』
『♪株券欲しい♪ お城も欲しい♪(Buy Now! Buy Now!)』
ステージの上では、リーザちゃんが自身の最高音でサビを歌い上げている。
ドリスの操るウーファーが大地を揺らし、リンちゃんの緑のレーザー光線が幾何学模様を描き、フェイト率いるペンライトの波が星の海のように揺れる。
パンの耳をかじる地下アイドルと、引きこもりのドワーフ、サボり魔の護衛、そして限界OLだった私。
ポンコツばかりの私たちが作り上げた、たった一夜限りの『絶対無敵のステージ』。
『♪貴方の全て(人生)を背負って生きていけるぅー!!』
『(Fuuu〜!)』
ジャーン! ……ジャン!
チャリーン♪(※見事なまでにスパチャの着金音が魔法で再現された)
完璧なタイミングでのフィニッシュ。
リーザちゃんが天高く指を突き上げると同時に、リンちゃんの特大のスモーク魔法がステージを白く包み込んだ。
「ウオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!!」
ポポロ村の夜空に、鼓膜が破れんばかりの大歓声と拍手が爆発した。
「リーザ! リーザ! リーザ!!」というコールが、いつまでもいつまでも鳴り止まない。
私はインカムを握りしめ、ステージ袖で小さく、けれど力強くガッツポーズをした。
「……大成功よ!!」
誰も蹴落とさず、ただ純粋に最高の空間を作り上げるために奔走した結果が、ここにある。
悪徳プロモーターのザックは自らの悪意で勝手に破滅し、私たちの手元には、最高の仲間たちと、大熱狂のライブという結果だけが残った。
だが、プロデューサーとしての私の仕事は、まだもう一つだけ残されている。
私は、VIP席で呆然とステージを見つめている、シーラン国の絶対君主――女王リヴァイアサンの方へと視線を向けた。
彼女が、この強欲でハチャメチャで、けれど圧倒的に輝いていた娘のステージをどう評価するのか。
それが、リーザちゃんの運命を決める最後の関門だった。
読んでいただきありがとうございます。
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