EP 6
「悪徳興行師と、奪取の罠」
ライブ本番を翌日に控えた、ポポロ村の広場。
夜通しの最終リハーサルと設営を終えた私たちの拠点は、嵐の後のような静けさと、異様な達成感に包まれていた。
「……プロデューサー。魔導アンプの最終チューニング、完了したッス……。私はもう、限界ッス……」
「お疲れ様、ドリスちゃん。今日はゆっくり休んで。ほら、約束の『照り焼きチキンピザ』とコーラよ」
「神ッス……アマネプロデューサーは女神ッス……」
ドリスはピザの箱を抱きしめたまま、機材の陰で幸せそうに気絶(睡眠)した。
「アマネさん……俺の、両腕が……上がりません……。肩甲骨が砕けそうっす……」
「フェイトもよく頑張ったわね。あなたの完璧な『ロマンス(ヲタ芸の大技)』、間違いなく本番で観客の熱狂に火をつけるわよ。今日はしっかりアイシングして寝なさい」
フェイトは両腕をダラリと下げたまま、ゾンビのような足取りでテントへと消えていった。
ステージの上では、リーザちゃんが真新しいマリンブルーのドレスを身にまとい、本番に向けて入念なストレッチをしている。
「フフフ……完璧ですわ。お母様の目を誤魔化すどころか、このステージなら本物のトップアイドルとして歴史に名を刻めますわ!」
彼女のモチベーションも最高潮だ。
すべては順調。私の前世で培った「修羅場の進行管理能力」と、大公様の莫大な資金力、そしてポンコツだが優秀な仲間たちのおかげで、ステージは完璧な仕上がりを見せていた。
――だが。
どんなに完璧にプロジェクトを進めていても、必ず美味しいところだけを「横取り」しようとする輩が現れるのが、世の理不尽というものだ。
「ほう。大公殿下がパトロンについていると聞いて、どんな大御所が仕切っているかと思えば……」
パチ、パチ、パチ、と。
ゆっくりとした、嫌味な拍手の音が広場に響いた。
振り返ると、いかにも高級そうなベルベットのスーツを着こなした、細身の男が立っていた。髪を油で撫でつけ、ヘビのように冷たくギラギラとした目をしている。
「こんな素人の小娘がプロデューサー気取りとは。おまけに、歌っているのはどこの馬の骨とも知れない地下アイドル……いや、笑わせてくれる」
「……あなたは?」
私が警戒して問いかけると、男は芝居がかった動作で一礼した。
「失礼。私はルナミス帝国中央で興行を取り仕切っているプロモーター、ザックと申します。……いやはや、素晴らしい機材だ。大公殿下の資金力には恐れ入る。だが、素人の悲しさかな。演出も、警備も、何もかもが『手作り感』に溢れていて痛々しい」
「手作りで何が悪いんですか? 私たちはこれで十分、観客を熱狂させる自信がありますけど」
私が冷たく言い返すと、ザックは鼻で笑った。
「強がるなよ、小娘。明日の本番には、あのシーラン国の女王リヴァイアサンがお忍びでいらっしゃるのだろう? もし万が一、あの気難しい女王の機嫌を損ねてみろ。お前たち素人の首が飛ぶだけでは済まない。国際問題だぞ?」
ザックは私の前に歩み寄り、懐から金貨が数枚入った小さな袋を取り出して、私の胸に押し付けようとした。
「そこで、プロの私の出番というわけだ。安心しろ、今からでも私がすべてを取り仕切ってやる。お前はただの飾りとして隅に立っていればいい。その代わり、このライブの『興行権』と、大公殿下との『専属窓口』は、私が頂こう」
――ピキッ。
私のこめかみに、青筋が浮かぶ音がした。
前世のブラック企業で、私が徹夜で書き上げ、ようやく軌道に乗ったプロジェクトを「あとは俺がやってやるから」と奪い取っていった、あの憎き広告代理店の男たちと、見事に同じ顔、同じ手口である。
自分では一切の汗をかかず、他人が泥水すすって作り上げた成果と利権だけを、最後の最後で掠め取ろうとするハイエナ。
「……お断りします」
「あぁ?」
私はザックの差し出した金貨の袋を、パシッと冷たく跳ね除けた。
「私たちは、あなたのような『プロ』の力を借りるつもりはありません。このステージは、私が責任を持って成功させます。お引き取りください」
私の毅然とした態度に、ザックの顔から薄ら笑いが消え、ヘビのような目がスッと細められた。
「……言うじゃねえか。たかが魔力も闘気もない『1馬力』のゴミ令嬢の分際で、俺様に逆らうとどうなるか、分かっているのか?」
ザックの全身から、ドス黒い闘気が立ち上る。
私を恐怖で威圧し、無理やり言うことを聞かせようという腹だ。
だが、私が動じるよりも早く。
「アマネに何メンチ切ってんの、おっさん」
バチバチバチッ!!
ステージの屋根から飛び降りてきたリンちゃんが、私の前に立ち塞がった。彼女の全身から放たれる黄金色の雷の魔力が、ザックの闘気を一瞬にして相殺し、ビリビリと大気を震わせる。
「ヒッ……!?」
ザックが顔を引きつらせて後ずさる。
さらに、広場の周囲には、大公様が手配してくれた近衛兵たちが静かに槍を構え、ザックの一挙手一投足に鋭い視線を送っていた。ここで私に手を出せば、ただの暴漢として大公の軍に即座に切り捨てられる。
「……チッ。大公殿下の犬どもと、優秀な用心棒がついているというわけか」
ザックは忌々しそうに舌打ちをすると、闘気を引っ込め、再び薄気味悪い笑みを顔に貼り付けた。
「いいだろう。今日は退いてやる。だがな、小娘。プロの世界の厳しさを、明日たっぷりと味わうことになるぜ」
ザックはそう言い残し、踵を返して広場から去っていった。
「もうっ! なんですのあの失礼な男は!」
ステージから降りてきたリーザちゃんが、プンプンと怒っている。
「私の輝かしい才能を『馬の骨』だなんて! パンの耳を投げつけてやりますわ!」
「落ち着いて、リーザちゃん。パンの耳は大事な食糧でしょ」
私はザックの消えた方向を見つめながら、小さく息を吐いた。
「ただの脅しならいいけれど……。あういう『他人の成果を横取りする』タイプの人間は、目的のためなら手段を選ばないわ。明日の本番、気を引き締めないとね」
***
その頃、広場から離れた林の中で、ザックは自身の馬車に戻り、ギリギリと歯ぎしりをしていた。
「クソッ、生意気な小娘が! 大公殿下の威光を笠に着て、俺様をコケにしやがって!」
あのライブの利権と、大公とのコネクション。そして、女王リヴァイアサンへの貸し。
それらを全て手に入れれば、自分はルナミス帝国で最高のプロモーターとして君臨できる。あんな1馬力の小娘に持たせておくには、あまりにも惜しすぎる巨大な果実だ。
「武力で脅すのが無理なら、搦手でいくまでだ」
ザックは懐から、厳重に封をされた小さなケースを取り出した。
中に入っているのは、ドス黒い紫色をした、不気味に蠢く葉野菜――裏社会で高値で取引される危険食材『いただケール』だった。
「ククク……『いただケール』。これを相手に食べさせれば、食った奴は俺の『要求』を絶対に拒否できなくなる呪いの野菜だ。相手の能力、権利、財産……俺の望むものを、何でも『強制的に頂ける』極上のアイテム」
ザックは下劣な笑みを浮かべ、その禍々しい野菜を見つめた。
「明日の本番前。あの小娘はプロデューサーとして、極度の緊張と疲労の中にいるはずだ。そこへ、善意の第三者を装って『差し入れのサラダ』としてこれを食わせてやる」
彼女がこれを一口でも口にすれば、プロデューサーとしての全権限も、大公とのコネも、彼女自身の有能な手腕も、すべてザックのものになる。そして用済みになった彼女は、村から追い出してしまえばいい。
「待っていろよ、アマネとやら。お前の積み上げたもの、すべて俺様が『いただいて』やるからな!」
明日のライブ本番を前に、他者の努力を最も卑劣な手段で奪い取ろうとする悪意が、毒のサラダと共にアマネたちへと迫っていた。
――だが、ザックは一つだけ、致命的な計算違いをしていた。
このポポロ村のライブ会場には、どんな罠や呪いよりもタチの悪い、『圧倒的な貧乏スキル』と『タダ飯への執着』を持った、規格外の「乞食アイドル」が存在しているということを。
読んでいただきありがとうございます。
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