EP 5
「ポンコツたちの特訓と、完璧なオタ芸」
ライブ本番まで、あと三日。
ポポロ村の広場は、私の前世のブラック企業における「納品三日前の修羅場オフィス」と完全に同じ熱気を帯びていた。違うのは、上司の怒声の代わりに、アイドルの歌声と魔導回路の駆動音が鳴り響いていることくらいだ。
「ドリスちゃん! スピーカーの出力テスト、どうなってる!?」
「今やってるッス! タローマンの廃材パイプと魔導石を直列で組んだ、超ド級ウーファーの限界突破テストッス!」
ステージの袖で、オーバーオールを油まみれにしたドリスが、ノートパソコン型の魔導端末を猛スピードで叩いていた。彼女の傍らには、すっかり空になったデリバリーピザの箱が山積みになり、右手のコーラは点滴のように絶え間なく摂取されている。
ジャンクフードによるカロリーの暴力と、大公様から提供された無尽蔵の極上資材。この二つが組み合わさった結果、引きこもりのドワーフ少女は「最強の音響エンジニア」へと覚醒していた。
「いくッスよ! ボリューム、マックスッス!」
ドリスがレバーを押し込んだ瞬間、ズドォォォォンッ!! と、大地を揺るがすような重低音が広場を突き抜けた。
私の内臓がビリビリと共鳴し、広場の周囲に張られていた鳥除けのネットが風圧で吹き飛ぶ。
「ストップ! ストップ!! ドリスちゃん、音がデカすぎる! 観客の鼓膜が破れちゃうわ!」
「チッ、まだ出力の30%しか出してないッスのに。……仕方ないッスね、安全マージンを取ってリミッターをかけるッス。コーラおかわりッス!」
彼女は文句を言いながらも、手際よく調整を進めていく。技術力に関しては、もはや完全に信頼しきっていいレベルだった。
「次は照明よ! リンちゃん、レーザーのテストお願い!」
「はーい! アマネ、見ててね! バチバチーッ!」
ステージの屋根の骨組みに登っていたリンちゃんが、楽しそうに両手を掲げた。
黄金色の雷魔法が彼女の指先から放たれ、ステージの左右に設置されたクリスタル(これも大公様からの差し入れだ)を通過し、美しい光の筋となって夜空を切り裂く――はずだった。
ドッゴォォォォン!!!
「ひゃあっ!?」
一直線に放たれた太すぎる雷のレーザーが、広場の端にあった巨大な岩を綺麗に貫通し、消し炭に変えてしまった。
「あちゃー、ごめんアマネ。ちょっと気合い入れすぎちゃった。テヘッ☆」
「テヘッ、じゃないわよ! ライブ会場を戦場にする気!? 出力をもっと、1パーセントのさらに100分1くらいまで絞って!」
リンちゃんは「えー、ちまちましててつまんない」と唇を尖らせたが、再度放たれた雷はクリスタルで屈折し、見事なグリーンのレーザー光線となってステージを華やかに彩った。
「おおー! アマネ、これ綺麗だね! クラブイベントみたい!」
「うん、バッチリよリンちゃん! 本番はリーザちゃんの歌に合わせて、今の光を点滅させてね!」
私はバインダーにチェックを入れ、ステージの下へ視線を移した。
「さて。音響と照明はクリア。次は『観客』の練度だけど……って、あれ?」
ステージの前でペンライト振りの練習をさせていたはずの、私の護衛・フェイトの姿が見当たらない。
『……親友の従兄弟の犬が死んだ設定はもう使ったしな。よし、今日は「遠い親戚の法事」だ。コイントス、頼むぞ……表が出れば、俺は正々堂々と有休を……』
広場の裏手、積み上げられた資材の陰で、フェイトがこっそりとコイントスをしようとしている背中を発見した。
私は音を立てずに背後に忍び寄り、彼が硬貨を弾き上げようとしたその瞬間、スッと手を伸ばして硬貨を空中でキャッチした。
「ああっ!? 俺の有休錬成コインが!?」
「フェイト。何をやっているのかしら?」
私が底冷えのする声で問い詰めると、フェイトはギクッと肩を震わせ、滝のような冷や汗を流しながら振り返った。
「あ、アマネさん! いや、これはその、手首のスナップの練習というか……! 実はさっき急な知らせがありまして、俺の遠い親戚の――」
「法事? それとも葬式?」
「ひぃっ」
私はバインダーでフェイトの頭を軽く(しかし鋭く)叩いた。
「いい? 女王リヴァイアサンを騙すには、観客の圧倒的な『熱狂』が必要なの。大公様の手配してくれたエキストラの人たちを率いて、コール&レスポンスとペンライトの動きを統率する『親衛隊長』のポジションは、A級冒険者の動体視力と体力を持ったあなたにしかできないのよ」
「で、でも俺、裏稼業の人間っすよ!? アイドルの親衛隊なんて恥ずかしくて……」
「……そう。どうしても嫌なら、仕方ないわね」
私はわざとらしくため息をつき、視界の端の『善行ポイント通販』を開くふりをした。
「ゴルド商会のオロチ会長に、あなたの現在の居場所を魔導通信石で直接チクるわ。確かあなた、王都のパチンコ屋で作った借金、まだ返してないわよね? マグローザ漁船にドナドナされるのと、ここでペンライトを振るの、どっちがいいかしら?」
「振ります!! 命の限り、ペンライトを振らせていただきます!!」
フェイトは土下座の勢いで、タローマン製の高輝度魔導ペンライト(両手持ち用)をひったくるように受け取った。
前世のブラック上司の交渉術(という名の脅迫)は、異世界でも百発百中だった。
「よし。じゃあ、お手本を見せるからしっかり見てなさい!」
私は前世の会社の飲み会(という名の強制余興)で叩き込まれた、完璧な『ヲタ芸(ロマンス、オタ芸の基本動作)』の動きを、フェイトの前で全力で披露した。
「こう! こう! そしてサビで大閃光を折るように低く構えて、一気に振り上げる!! 分かった!?」
「す、すげえ……!! 動きに無駄が一切ない! アマネさん、あんた一体前世でどんな修羅場をくぐり抜けてきたんっすか!?」
A級冒険者であるフェイトは、その卓越した体術センスをあっという間に無駄な方向へと発揮し、私のヲタ芸を完璧にトレースし始めた。
彼の振るペンライトの軌跡が、空中で美しい光の残像を描き出す。これなら、女王の目にも「熱狂的なオタク」として完璧に映るだろう。
「アマネ様ーっ!」
ステージの上から、リーザちゃんが手を振っていた。
「私のリハーサル準備、バッチリですわ! いつでもいけますの!」
彼女は芋ジャージを脱ぎ捨て、大公様の資金で王都から取り寄せた、フリルたっぷりの『アイドルの勝負衣装』を身にまとっていた。
さっきまでパンの耳をかじっていた乞食アイドルとは思えないほど、キラキラと輝いている。腐っても人魚姫、そのビジュアルのポテンシャルは圧倒的だ。
「よし、通しリハーサルいくわよ! ドリスちゃん、オケ流して! フェイト、全力でコール!」
ドリスが機材のレバーを引き、重低音の効いたイントロが広場に響き渡る。
それに合わせて、フェイトが狂ったような速度でペンライトを振り回し、「タイガー!ファイヤー!サイバー!」と完璧なMIXを叫び始めた。
「――♪朝に目覚ましが鳴ったわ! 私はまだ眠いわ!」
リーザちゃんがステップを踏み、マイク(魔導拡声器)を握りしめて歌い出す。
その瞬間、広場の空気が一変した。
人魚族特有の『魅了とバフ』の力が込められた、圧倒的な歌唱力。そして、「すべてを金に変えてやる」という、彼女の強欲だが純粋な情熱が、音に乗ってビシビシと伝わってくる。
「♪だから……もっともっと、愛して(課金して)ね? 貴方の全てを背負って生きていけるぅー!!」
リンちゃんのレーザー照明が、リーザちゃんのウインクに合わせて完璧なタイミングでステージを照らし出す。フェイトのヲタ芸が最高潮に達し、光の波がリーザちゃんを包み込んだ。
「……完璧」
私は、思わず小さくガッツポーズをした。
引きこもりのドワーフ、サボり癖のある護衛、そしてパンの耳をかじる地下アイドル。
バラバラだったポンコツたちが、私のプロデュース(と大公様の資金)によって、一つの『奇跡のステージ』を作り上げようとしている。
これなら、女王リヴァイアサンを完全に騙し通すことができる。私の前世のイベントディレクターとしての魂が、そう確信していた。
しかし――。
私たちがステージの完成に歓喜していたその時。
広場から少し離れた街道の木陰から、この異様な熱気と、大公様の資金で作られた豪華な機材を、ギラギラとした欲深き目で見つめている男の姿があった。
「へぇ……大公殿下がパトロンについていると聞いて、どんな大御所が来るかと思えば……仕切っているのはただの素人の小娘に、ステージで歌っているのは無名の地下アイドルか」
王都からやって来た、高級なベルベットのスーツを着こなす男。
彼はルナミス帝国中央の悪徳興行師だった。
「これだけの大規模な機材と利権……田舎の小娘なんぞに持たせておくには勿体ない。俺様が、あのステージも大公殿下とのコネも、全部まるごと『横取り』してやろうじゃねえか」
男は懐から、禍々しい紫色の葉っぱ――裏社会で高値で取引される危険食材『いただケール』の束を取り出し、下劣な笑みを浮かべた。
ポポロ村の地下アイドルのステージに、私からすべてを奪い取ろうとする、最悪の『陰謀』が静かに忍び寄っていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




