EP 2
「地下工房のコミュ障ドワーフ」
ポポロ村の外れ、小高い丘の斜面に、周囲ののどかな風景から完全に浮いている場所があった。
草木は刈り取られ、むき出しになった土の壁に、分厚く頑丈な『鋼鉄の扉』が重々しく埋め込まれている。扉の横には、タローマン(ホームセンター)で買ってきたと思われる安い木板に、殴り書きでこう記されていた。
『立入禁止。魔導回路の調整中。ノックしたら爆発するッス』
「……すっごい閉鎖的なオーラを感じるわね」
「アマネ様、本当にこんな所に、私のライブを成功させるほどの凄腕音響スタッフがいるんですの……?」
リーザちゃんが、芋ジャージの襟をギュッと掴みながら不安そうに鋼鉄の扉を見上げる。
背後では、罰ゲームとして荷物持ちをさせられているフェイトが「俺、あの扉開けたらトラップで串刺しにされる気がするんっすけど……」とガクガク震えていた。
「ドワーフ族は手先が器用で、魔法と機械を融合させた『魔導具』の扱いに長けているって本で読んだわ。王都の劇場で使われるような音響機材を短期間で組み上げるには、ドワーフの技術が絶対に必要なのよ」
私は一つ深呼吸をして、爆発の警告を無視し、鋼鉄の扉をコンコン、とノックした。
「すみませーん! 王都のギルドの者ではないんですが、急ぎで音響機材の制作をお願いしたくて……!」
しーん、と静まり返る。爆発はしなかったが、返事もない。
「アマネ、聞こえてないんじゃない? 私がちょっと雷でドアをノックしてあげようか?」
「リンちゃん、それノックじゃなくて破壊だからやめて。……すみません! どなたかいらっしゃいませんかー!?」
私がもう一度声を張り上げると、扉の奥から「ガチャ、ガチャガチャ」と、いくつもの重い鍵を開けるような音が響いた。
ギイィィ……と、油の切れた不快な音を立てて、分厚い鋼鉄の扉がほんのわずか、数センチだけ開いた。
その隙間から、ギロリと警戒心剥き出しの目がこちらを覗き込んだ。
「……なんッスか。セールスなら間に合ってるッス。宗教の勧誘なら魔導地雷起爆するッスよ」
隙間から現れたのは、小柄な少女だった。
年齢は私より少し下、15歳くらいだろうか。ドワーフ族特有の小柄で華奢な体格だが、着ているのはタローマン製のダボダボの作業用オーバーオール。
頭には不格好な溶接用ゴーグルを乗せ、ボサボサの髪は機械油で汚れ、そして何より――その目の下には、前世のIT企業で死に物狂いのデスマーチ(徹夜作業)を強いられていたエンジニアたちと同じ、漆黒のクマがくっきりと刻まれていた。
「あ、あなたがこちらの工房の職人さんですか?」
「……ドリスっス。一応、ここで魔導通信石の修理とか、ガラクタの改造して日銭を稼いでるッスけど……」
ドリスと名乗ったドワーフの少女は、扉の隙間から私たち――特に、芋ジャージ姿とはいえ持ち前の華やかさを隠しきれていないリーザちゃんと、金髪美少女のリンちゃんを見て、露骨に顔をしかめた。
「うわ……キラキラしてるッス。陽キャのオーラが眩しすぎて目が潰れるッス。……用件は何ッスか。手短にお願いするッス」
「実は、来週の週末にポポロ村の広場で『アイドルのシークレットライブ』を開催することになりまして。そのための野外用大型スピーカーと、音響制御の機材一式を作ってくれる方を探しているんです」
私が事情を説明すると、ドリスはピシャリと冷たい声で言い放った。
「……無理ッス」
「えっ?」
「アイドル? ライブ? 何万人もの人間が集まって、キャーキャー騒ぐ空間? ……吐き気がするッス。私は機械と魔導回路の美しい配列だけを見て生きていきたいッス。人間、特にそういう『群れて騒ぐのが好きな連中』と関わるのは、生産性ゼロの極みッス」
バタン!
ドリスは無情にも鋼鉄の扉を閉めようとした。
「ま、待ってくださいませーーっ!!」
そこに、アイドルの生命(と実家からの強制送還)がかかっているリーザちゃんが、芋ジャージのまま猛ダッシュで扉にすがりつき、無理やりこじ開けようとした。
人魚姫の火事場の馬鹿力である。扉は「ギギギギ!」と悲鳴を上げ、ドリスが「ひぃっ!? なんなんスかこのゴリラ女!?」と悲鳴を上げた。
「お願いしますわ! 貴女の機材がないと、私、お母様に底辺乞食生活がバレて深海の貝殻磨きの刑にされてしまいますの! 報酬なら、このアマネ様がパトロンとして金貨でも何でも弾みますから!」
「人のお金で太っ腹な交渉しないでよリーザちゃん!」
私はツッコミを入れつつ、ドリスの顔色を窺った。
ドリスはリーザちゃんの迫力にドン引きしながらも、断固として首を横に振った。
「お、お金の問題じゃないッス! 私は今、タローマンで買ってきたジャンクパーツを組み合わせて、『超高出力魔導アンプ』の限界突破テストをしてる最中ッス! 三日三晩徹夜で作業してて、もうすぐ理想の回路が完成するんスよ! こんな時にアイドルの機材なんて作ってる暇ないッス!」
「三日三晩徹夜……」
私はその言葉に、ピクリと反応した。
「じゃ、じゃあ、せめてこの魔導アンプのテストが終わったら……!」
「終わってもやらないッス! 私はコミュ障なんス! 外に出たくないッス! 陽の光を浴びたら死ぬ病気なんスよ! 帰れッス!」
バンッ!!
今度こそ、リーザちゃんの抵抗も虚しく、鋼鉄の扉は完全に閉ざされてしまった。ガチャン、ガチャンと内側から何重にも鍵をかけられる音が響く。
「終わりましたわ……私の命の綱が……」
リーザちゃんが扉の前で崩れ落ち、シクシクと泣き始めた。
「アマネさん、どうします? 諦めて王都のギルドで別の職人を探しますか?」とフェイトが後ろから口を挟む。
「……いいえ」
私は、閉じられた鋼鉄の扉をじっと見つめた。
前世で、私はあのドリスのような「職人気質で、徹夜明けで、人間関係を極度に嫌うエンジニア(技術者)」たちを、山のように見てきたのだ。
彼らを動かすのは、お金ではない。
「やりがい」や「情熱」といった綺麗な言葉でもない。
極限状態まで脳を酷使し、寝食を忘れて作業に没頭した徹夜明けの体に、何よりも強烈に突き刺さる『劇薬』。
理性を破壊し、カロリーの暴力で本能を直接殴りつけるような、圧倒的な『背徳の報酬』が必要なのだ。
「……ねえ、リンちゃん」
「ん? なあにアマネ」
「リンちゃんの雷魔法で、この扉の隙間から『風』を室内に送り込むことってできる?」
「うん、空気の温度を変えれば風くらい簡単に起こせるよ。でも、どうして?」
私はニヤリと笑い、視界の端に浮かぶ『善行ポイント通販』の画面をスクロールした。
「フェイト。そこらへんで、少し大きめの平らな石と、冷たい湧き水を取ってきてちょうだい。急いでね」
「は、はいっす!」
限界OL時代、トラブルでシステムが落ちた夜。
修羅場と化したオフィスで、ブチギレて「もう帰る!」と叫んでいたエンジニアたちを、私がどうやって机に縛り付け、朝まで作業を終わらせたか。
あの時の『悪魔のライフハック』を、この異世界で再現する時が来たのだ。
「アマネ様……? なんだか、すごく悪い顔をしてますわよ……?」
リーザちゃんが涙目で私を見上げる。
「ドリスちゃんの言葉、聞いたでしょ? 『三日三晩徹夜で作業している』って。なら、彼女の胃袋と脳は今、極限まで『アレ』を求めているはずよ」
私は通販の購入ボタンを、躊躇なく『ポチッ』と押し込んだ。
さあ、異世界の引きこもりドワーフよ。地球のジャンクフードの恐ろしさを、その身で味わうがいい。
読んでいただきありがとうございます。
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