第十一章 地下アイドルの奇跡と、ジャンクフードの誘惑
「母の襲来と、乞食アイドルの絶望」
魔性の果実『クイーンメロロン』の騒動が極上のパフェと共に胃袋へ収まり、ポポロ村にようやく平和な朝が訪れた……かのように見えた、翌日のことである。
「終わりましたわ……。私の輝かしい人生が、今、完全に幕を閉じましたの……」
村長宅のキッチン。
ルナミスデパートの特売で買った芋ジャージに身を包んだリーザちゃんが、テーブルに突っ伏して、この世の終わりのような声でうめき声を上げていた。
彼女の右手には、昨日届いたばかりの『水魔法の伝書玉』の残骸が、そして左手には、いつもの主食である「タローソンの廃棄弁当(消費期限半日切れ)」が力なく握られている。
「大げさねぇ、リーザちゃん。まだ一週間あるじゃない」
私が慰めるように言うと、リーザちゃんはガバッと顔を上げた。その顔は滝のような冷や汗で濡れている。
「一週間!? たったの一週間ですのよアマネ様! お母様……シーラン国の女王リヴァイアサンが、公式親善訪問という名目で、私の『トップアイドルとしての輝かしいステージ』を見にルナミス帝国へやって来るんですのよ!?」
そう。事の発端は昨日。
リーザちゃんの母である女王リヴァイアサンから、「娘のアイドル活動が大成功していると風の噂で聞いたので、来週ステージを見に行く」という、あまりにも恐ろしい予告メッセージが届いたのだ。
「いいですかアマネ様! お母様は、私が数万人の観客を熱狂させ、豪華なドレスを着て、光り輝くステージのど真ん中で歌っていると完全に信じ込んでいますの!」
「……で、実際のリーザちゃんのアイドル活動は?」
「早朝の公園でラジオ体操のスタンプを集めながら、みかん箱の上に乗って『Love & Money』を歌い、鳩に餌をやるおじさんからパンの耳を巡って縄張り争いをする毎日ですわ!」
「うん、知ってた」
私は深くため息をついた。
腐っても人魚姫である彼女だが、見栄っ張りな性格と圧倒的な貧乏性が災いし、実家には「大成功している」と嘘の手紙を書き送り続けていたらしい。
「もし、私が公園で鳩と格闘しながら五円玉(御縁)をせびる底辺地下アイドルだとバレたら……! 即座にシーラン国へ強制送還され、一生、深海の貝殻磨きの刑に処されてしまいますぅぅ!」
「それは確かに、アイドル生命どころか社会的な死ね」
隣で朝食のパンケーキを頬張っていたリンちゃん(麒麟)が、能天気に首を傾げた。
「えー? じゃあ、お母さんに『嘘ついてました、ごめんなさい』って謝ればいいじゃん」
「それができたら苦労しませんわ! お母様は『シーランの誇り』を何より重んじるお方! 娘がルナミス帝国のテント村の炊き出しの最前列に並んで豚汁をすすっていると知ったら、怒りのあまり海嘯(津波)を起こして帝国ごと沈めかねませんわ!」
「なるほど、それは国家間の外交問題になるわね」
事態は想像以上に深刻だった。
そこに、昨日の騒動からすっかり大人しくなった護衛のフェイトが、寝癖をつけたまま顔を出した。
「ふわぁ……朝から騒がしいっすね。……あ、リーザちゃんの親フラ問題ですか? なら、俺の『コイントス』で逃亡先を決めませんか? 表が出たら北の雪山、裏が出たら南の無人島で」
「フェイトは黙ってて。また日給天引きするわよ」
「ヒッ! すみません、大人しく庭の草むしりしてます!」
フェイトが慌てて逃げていく。本当にA級冒険者なのだろうか、この男は。
「アマネ様ぁ……」
リーザちゃんが、私の腰にすがりついてボロボロと涙をこぼした。
「私、もうダメですわ……アイドルとして銀河の果てまで歌う夢も、太客から株券やお城を巻き上げる夢も、ここで終わりですの……」
普段は図太く、どんな廃棄弁当でも「タダ飯ですわ!」と喜んで食べる彼女が、ここまで弱気になっている姿を見るのは初めてだった。
彼女は強欲で現金だが、決して悪人ではない。むしろ、自分の歌で誰かの時間を最高に輝かせたいという『アイドルとしての純粋な情熱』だけは、痛いほど本物なのだ。
「……ねえ、リーザちゃん」
「はい……?」
「お母様が来るのは、来週の週末よね」
「そうですわ。土曜日の昼には、王都の最高級ホテルに到着されると……」
私は、頭の中でカチリとスイッチが切り替わるのを感じた。
前世の限界OL時代。
『明日までにこの企画書100ページ、全部直しておいて』『来週のイベント、予算ゼロだけどなんとか形にして』――そんな理不尽なブラック上司の要求を、血を吐くような思いで何度も乗り越えてきた記憶。
それに比べれば。
「予算(善行ポイント)」はたっぷりある。「一週間」という準備期間もある。
何より、今回は私を搾取する上司のためじゃない。目の前で泣いている、ちょっと残念だけど可愛い仲間のためだ。
「……アマネ?」
リンちゃんが、私の顔を見て不思議そうに瞬きをした。
「アマネ、なんかすごく……生き生きしてるよ? 目がすっごくマジになってる」
「ええ。前世で叩き込まれた『絶対に穴を空けられないイベント進行』の血が騒ぐわね」
私は腕まくりをして、リーザちゃんの肩をガシッと掴んだ。
「泣くのはおやめなさい、リーザちゃん。お母様が『トップアイドルの輝かしいステージ』を見たいと言うなら……本物を作って、完璧に騙し通してやればいいのよ!」
「えっ……!?」
「会場はこのポポロ村の広場に特設するわ。王都のホテルからは、大公様にお願いして豪華な馬車で送迎してもらいましょう。それなら『特別なシークレットライブ』という名目で誤魔化せるはずよ」
私の言葉に、リーザちゃんの瞳にパッと光が戻った。
「ほ、本当ですの!? でも、ステージの設営や、何よりアイドルのライブに不可欠な『音響機材』や『特殊照明』はどうしますの!? この村にはそんな近代的な魔導具はありませんわ!」
「機材に関しては、少しツテを探すわ。照明は……リンちゃん、お願いできる?」
私が振り返ると、リンちゃんはパンケーキの最後の一口を飲み込みながら、「ん? 私の雷魔法のこと?」と指を鳴らした。バチッ、と黄金色の火花が散る。
「そうよ。リンちゃんの雷魔法を調整すれば、最高のレーザー照明と特効になるわ。フェイトにはサクラの観客と警備をやってもらうから」
「おおー! 面白そう! やるやる!」
「アマネ様……!」
リーザちゃんが、感動のあまり芋ジャージの袖で涙を拭った。
「そこまでしてくださるなんて……! 私、このご恩は一生忘れませんわ! もし私が大スターになった暁には、アマネ様を私専属の荷物持ち(マネージャー)として雇って差し上げますわ!」
「なんで私が裏方に徹してるのに、将来も裏方確定なのよ」
相変わらずの強欲っぷりに呆れつつも、私は視界の端に浮かぶ『善行ポイント通販』の画面を確認した。
メロロンの一件で稼いだポイントは十二分にある。これを駆使すれば、地球のライブ演出に近いものは作れるはずだ。
「まずは、ライブの心臓部である『音響機材』をなんとかしてくれる裏方を探さないとね」
「それなら、心当たりがありますわ!」
リーザちゃんが勢いよく手を挙げた。
「このポポロ村の地下に、昔から引きこもっている『ドワーフの職人』がいるという噂を聞いたことがありますの! なんでも、壊れた魔導通信石や機械をいじらせたら右に出る者はいないとか!」
「ドワーフの職人……! それは適任ね。善は急げよ、すぐに行きましょう!」
こうして、理不尽な納期(一週間)と無茶な要求(完全偽装のシークレットライブ)を達成するため、私――元・限界OLの『アイドルプロデューサー』としての戦いが幕を開けたのである。
まさかその直後に、地球の『ジャンクフード』の圧倒的な背徳感が、一人の引きこもり少女の脳を焼き切ることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。




