EP 10
「極上スイーツと、次なる騒動の影」
ポポロ村の村長宅のキッチンに、甘く、そしてどこまでも気高く澄み切った香りが充満していた。
まな板の上に鎮座するのは、自ら蔓を離れ、最高の熟成を迎えた黄金色の『クイーンメロロン』。
包丁を入れると、サクッという心地よい音と共に、溢れんばかりの果汁が輝きを放ちながら滴り落ちた。男たちのドロドロとした欲望を吸い上げた時の毒々しいピンク色など欠片もない、まるで宝石のように透き通った美しいエメラルドグリーンと黄金のグラデーションだ。
「よし、メロンの準備は完璧。次は……」
私は視界の端に浮かぶ『善行ポイント通販』を開いた。
村の奥様方を癒やし、男たちを正気に戻し、さらには悪徳ブローカーから村の農地を守り抜いたことで、私のポイントはかつてないほどの莫大な数字を叩き出していた。
私はそのポイントを惜しげもなく使い、地球の超高級スーパーから、極上の『北海道産純生クリーム』『マダガスカル産バニラビーンズたっぷりの特製アイスクリーム』、そしてパフェの層を彩る『サクサクの高級ラングドシャ』を取り寄せた。
タローマン製の見栄えの良いクリスタルグラスを並べ、底に砕いたラングドシャを敷き詰め、バニラアイスと生クリームを重ねる。そして主役であるクイーンメロロンを、贅沢に、これでもかとばかりに山盛りにトッピングしていく。
仕上げに、メロロンから溢れた果汁を煮詰めた特製シロップをとろりと回しかければ――。
「完成! 『ポポロ村特製・極上クイーンメロロンパフェ』よ!」
私がグラスをお盆に乗せて広間へ運ぶと、待ち構えていたリンちゃん、リーザちゃん、フェイト、そして村の奥様方から「おおぉぉっ!」と歓声が上がった。
「アマネ! すごい、キラキラしてる! 早く、早く食べたい!」
リンちゃんが身を乗り出して、スプーンを握りしめる。
「さあ、みんなでいただきましょう。メロロンちゃんが残してくれた、最高の贈り物よ」
全員が一斉にスプーンをパフェに差し込み、メロロンの果肉を口に運んだ。
「――っ!!? な、なんだこれぇぇぇっ!?」
フェイトが、目を見開いて絶叫した。
「甘い……! なのに全然くどくない! 噛んだ瞬間に果汁が口の中で爆発して、生クリームのコクと合わさって……脳髄がとろけそうだ! 昨日、メロロンちゃんの幻惑で感じた偽物の甘さなんかじゃない、圧倒的で純粋な『本物の甘味』だ……!」
フェイトはボロボロと大粒の涙をこぼしながら、あっという間にパフェを平らげていく。
「ん〜〜〜っ! 美味しい! これ、ルナキン(ファミレス)のパフェの百倍美味しいよアマネ!」
リンちゃんは幸せそうに頬を緩め、目をキラキラさせている。
そして、普段はパンの耳や雑草で飢えを凌いでいるリーザちゃんはといえば――。
「……あぁ。これが、本物の豊かさ……。パンの耳を巡って鳩と喧嘩していた私の日常が、いかに貧しかったか……」
彼女は一口食べるごとにプルプルと震え、グラスを拝むようにしてパフェを味わっていた。
「このメロロン様、あれだけ男から搾取する気満々だったのに、最後はこんなに気高い姿で私たちを満たしてくれるなんて……! アイドルとして、ファンに与えるべき究極の『癒やし』の形を教わりましたわ!」
「リーザちゃん、少しはマトモな感想になったわね」
村の奥様方も、「お肌の調子も良くなった上に、こんな美味しいものまで食べられるなんて、生きててよかったわねぇ」と笑い合っている。
ちなみに、全財産を土に埋めて自滅した悪徳ブローカーのゲルドは、村長が回収した証拠書類と共に、治安維持局の馬車に乗せられて王都へドナドナされていった。
彼は最後まで「メロロンちゃぁぁん」と虚ろな目で宙を掴んでおり、王都のギルドでは彼の数々の余罪が追及されることになるだろう。私は一切手を下していない。彼自身の傲慢と強欲が、彼を正当な破滅へと導いただけだ。
私は自分の分のパフェを口に運び、そのあまりの美味しさにふわりと微笑んだ。
「……大公様にも、食べさせてあげたかったな」
彼がこの騒動の中、私に見せてくれた圧倒的で真っ直ぐな愛情。それを思い出すだけで、メロンの甘さとは違う熱が胸に広がる。
私は魔法ポーチの『時間停止機能』を使って、大公様のための特製パフェを一つ、こっそりと保管しておいた。次に彼が村に来たとき、驚く顔を見るのが今から楽しみだった。
***
――その頃、天界。
『ゴッドチューブ』の運営管理室では、全く対照的な二つの光景が繰り広げられていた。
「オーホッホッホッ! 素晴らしい、素晴らしいですわアマネさん!!」
月の女神カグヤは、最高級のブランドティーカップを片手に、モニターの前で歓喜の涙を拭っていた。
「愛に飢えた魔性果実を、武力で討伐するのではなく『最高の環境』で癒やし、気高き存在へと昇華させる! そして、強欲な悪人は自らの見栄と欲望に溺れて自滅する! これぞ因果応報、これぞ誰も傷つけない愛の物語ですわ!」
カグヤの専用モニターには、アマネのチャンネルのPV数と高評価率が、狂ったような勢いで右肩上がりのグラフを描いている。ゴッドチューブの視聴者(神々)は、血生臭い戦闘よりも、こうした「心が洗われるようなスカッとする結末」と「極上の飯テロ」に飢えていたのだ。
一方、その隣のブースでは。
「ふざけんなぁぁぁっ!! なんで俺の配信が、田舎の『キャバクラメロン』なんかに負けるんだよぉぉっ!!」
炎上神ワイズが、スタイリッシュなノートパソコンのキーボードを激しく叩き割り(台パン)、マイタンブラーのカプチーノを壁にぶちまけて発狂していた。
「俺の契約勇者ゼロスが! 今日もわざと魔獣を街にけしかけて、ギリギリのところで助けに入るっていう『超王道の胸熱展開』をやったんだぞ!? なのに同時接続数がアマネの十分の一以下だとぉ!?」
ワイズがギリギリと歯ぎしりをする。
「『勇者のマッチポンプはもう飽きた』『メロンパフェの作画が神すぎる』『大公の純愛が尊い』……ッ、どいつもこいつもしょーもない日常系に逃げやがって!!」
ワイズの怒号が響く中、カグヤは涼しい顔でティーカップを傾けた。
「物語のない『ざまぁ(炎上)』なんて、三流のやることですわ、ワイズ。他者を蹴落とすだけの配信は、いずれ視聴者に見透かされます。アマネさんのように、ただ真っ直ぐに善行を積む者こそが、最後に全てを総取りするのですわ」
***
そんな天界の神々のドタバタなど知る由もない、ポポロ村の夕暮れ。
「あー、美味しかった! アマネ、ごちそうさま!」
リンちゃんが空になったグラスを机に置き、満足そうにぽんぽんと自分のお腹を叩いた。
「ふふ、お粗末さまでした。フェイトも、明日からはちゃんと護衛の仕事してよね。コイントス禁止だから」
「もちろんです! 俺、もう一生アマネさんについていきますから!」
平和で穏やかな時間が流れる中、ふと、リーザちゃんがポツンと呟いた。
「……あれ?」
彼女の目の前に、ポフッという音と共に、水滴でできた『水魔法の伝書玉』が浮かび上がった。故郷である海中国家『シーラン』からの手紙だ。
「お母様……女王リヴァイアサンからですわ。どれどれ……」
リーザちゃんが魔力を通すと、伝書玉から威厳のある、それでいて涙ぐんだような女性の声が響いた。
『愛するリーザ。ルナミス帝国でのアイドル活動、大成功しているようで母は鼻が高いです。貴方の歌で、何万人ものファンが熱狂していると風の噂で聞きました』
――風の噂(おそらく、メロロン畑での男たちの大絶叫を、どこかの行商人が勘違いして伝えたのだろう)。
『つきましては、貴方のその輝かしいステージをこの目で見るべく、来週、母である私自らルナミス帝国へ【公式親善訪問】として向かうことにしました。王都の最高級ホテルで会いましょうね。愛していますよ』
プツン、と伝書玉が弾けて消えた。
「…………」
リーザちゃんは、手の中の空のパフェグラスを落としそうになりながら、カチコチに固まっていた。
「リ、リーザちゃん?」
私が恐る恐る声をかけると、彼女はギギギ……と錆びた機械のように首を回し、滝のような冷や汗を流しながら私を見た。
「アマネ様ぁぁぁ……っ! お母様が、シーランの女王が来ますわ! 私の『トップアイドルとしての輝かしい大成功』を見るために!」
「えっ」
「私、普段はパンの耳とタローソンの廃棄弁当で食いつないでる、底辺も底辺の地下アイドルですのに! このままでは、私がルナミス帝国で乞食生活をしていることがバレて、国家間の外交問題に発展してしまいますわーーっ!!」
「ええええええっ!?」
平和なメロンパフェの余韻は、一瞬にして吹き飛んだ。
クイーンメロロン騒動を無事に解決し、少しは落ち着いたスローライフが送れると思ったのに。
「アマネ様、助けてください! 私を! 来週までに私を、トップアイドルに偽装プロデュースしてくださいませーーっ!!」
「無茶言わないでよ!」
どうやら、私の平穏な日々はまだ少し先のことになりそうだった。
でも、不思議と嫌な気はしない。前世のように、誰かに手柄を奪われるための苦労じゃない。これは、目の前にいるちょっと残念な仲間たちと、一緒に笑い合うための騒動なのだから。
「はぁ……分かったわよ。善行ポイント、また一から貯め直さないとね」
私は呆れながらも笑い、騒がしくも温かいポポロ村の夕空を見上げたのだった。
【第3章・完】
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