EP 9
「魔性の自爆と、愚か者の末路」
「俺の全財産……金貨も、商会の実印も、全部受け取ってくれぇぇぇ!! 愛してるんだぁぁ!!」
モーツァルトの優雅な旋律が響くポポロ村の農地。
ほんの数分前まで「田舎の泥まみれの農民ども」と私たちを見下し、札束の力で畑を強引に奪おうとしていた悪徳ブローカーのゲルドは、今や完全に正気を失っていた。
彼は最高級のシルクの服が泥まみれになるのも構わず、四つん這いになって一心不乱にメロロンの足元の土を掘り返している。
そして、自分の懐から次々と財産を取り出しては、土の中に埋めていくのだ。
「これ、王都の一等地の権利書! メロロンちゃんに捧げるよ! ああっ、それからこれは商業ギルドの裏帳簿と、俺の全権限を示すギルドマスターの実印だ! 全部、全部君のものだぁぁ!!」
ジャラジャラと音を立てて土にまみれていく金貨や宝石。そして、紙屑のように捨てられていく重要書類の数々。
「お、おい……ボス、何やってんだよ!」
「マジかよ、あれ本物の権利書と実印じゃねえか……!」
ゲルドの後ろに控えていた傭兵たちが、顔を引きつらせてざわめき始めた。
彼らは慌ててゲルドを止めようと畑に踏み込もうとしたが、ゲルドは血走った目で彼らをギロリと睨みつけ、懐から分厚い革袋を取り出して投げつけた。
「触るな! 俺とメロロンちゃんの神聖な愛の巣に、泥靴で踏み込むんじゃねえ! ほら、お前らへの前払い金だ、とっとと消えやがれ!」
「あ、おい! これ俺たちの給料……って、泥の中に投げんじゃねえよ!」
傭兵たちは泥まみれになった革袋を拾い上げると、呆れ果てた顔で互いに顔を見合わせた。
「……なぁ。もうあいつ、ダメだろ」
「ああ。ギルドの権限も財産も全部土に埋めちまった。ただのイカれた無一文の豚だ」
「雇い主がこれじゃ、俺たちが村を襲う理由もねえ。ずらかるぞ」
彼らは金だけを懐にねじ込むと、ゲルドを見捨ててそそくさと馬車の方へ引き返していってしまった。傭兵なんて現金なものだ。金と権力でしか人を従えられなかったゲルドには、彼を心から案じて止めてくれる仲間など一人もいなかったのである。
『……ふふっ。随分と羽振りがいいのね、おじさん』
クイーンメロロンが、ぽよんと黄金色の果肉を揺らして甘く囁いた。
「へへっ……そうだろ? 俺は王都で一番のブローカーだ。君の美しさにふさわしい財産を持ってる。だから、俺を君の特別なパトロンに……いや、君の『土(肥料)』にしてくれぇぇ!」
『あら。でも、ごめんなさいね』
クイーンメロロンの声が、ふっと冷ややかなものに変わった。
先ほどまでの甘い洗脳ボイスから一転、絶対的な「女王」としての塩対応である。
『あなたが貢いでくれたピカピカのお金は綺麗だから嫌いじゃないけど……あなた自身が私の土になるのは、お断りよ』
「えっ……? な、なんでだい、メロロンちゃん!?」
『だって私、アマネちゃんからもらった「最高級の有機肥料」で育ってるのよ? あなたみたいな、他人の汗と涙を搾取してブクブク太った不純物だらけのドロドロの欲望エキスなんて吸い込んだら、私の極上の糖度とオーガニックなバランスが崩れちゃうじゃない。……汚いから、私の根っこに触らないでくれる?』
――完璧な、そして残酷すぎるお断り(リジェクト)だった。
「そ、そんなぁぁぁっ!?」
ゲルドの絶叫が木霊する。
「俺の財産は受け取るのに、触るのすらダメなのか!? 俺の愛は、ただの有機肥料以下の扱いなのかぁぁっ!?」
『当たり前でしょ? 私、安売りはしない主義なの。……さ、もう用がないなら帰ってね。モーツァルトが聞こえなくなるから』
クイーンメロロンはプイッと(メロンに顔はないが、確かにそんな風に見えた)そっぽを向いてしまった。
ゲルドはしばらくその場で呆然としていたが、やがて「あぁ……ああぁぁぁ……」と力なくうめき声を上げ、泥だらけの地面にバタリと倒れ込んだ。
「俺は……俺は一体、何をして……。金も、実印も、権利書も……全部、土の中……。あぁ、終わった……俺の人生、終わったぁぁ……」
彼はもう、起き上がろうともしなかった。
財産も、権力も、護衛もすべて失い、魔性の果実にすら「肥料として不純」と見下され、完全に心がへし折れてしまったのだ。社会的な死、そして精神的な死。見事なまでの完全敗北である。
畑の外からその一部始終を見届けていた私は、静かにため息をついた。
「アマネさん……あいつ、完全に終わりましたね」
フェイトがドン引きした顔で呟く。
「あれが、魔導リングの防壁を砕かれた人間の末路……。もし俺がアマネさんに止められていなかったら、今頃あいつと一緒に……ヒィッ!」
フェイトは自分の想像に恐怖したのか、ブルブルと体を震わせた。
「自業自得よ」
私は冷ややかに言い放った。
「私が特別なことをしたわけじゃないわ。法律で定められた『耳栓とマスク』をつけろって、ちゃんと警告した。でも彼は、自分の金と権力と、魔導具の力を過信して、大自然の――そして私が少しだけ手助けした――メロロンの力を侮った」
前世でもそうだった。
他人の忠告を聞き入れず、自分の都合の良いようにしか世界を見ない人間は、最後には必ず自分が軽んじたルールや因果に足元をすくわれる。
ゲルドは、誰に攻撃されたわけでもない。彼自身の「傲慢さ」と「強欲さ」、そして「虚栄心」が、彼をメロロンの狂気へと一直線に走らせたのだ。
「それにしても、素晴らしいですわ……!」
背後で、リーザちゃんが震える手でメモ帳に何かを書き殴っていた。
「太客から全財産と実印まで搾り取った上で、『不純物だから触るな』と最後の一線を絶対に越えさせない完璧な線引き……! これぞ、絶対無敵のアイドルの頂点! 勉強になりますわ、クイーンメロロン様!」
「リーザちゃん、だからその解釈はやめなさい。あなたアイドルじゃなくて悪徳詐欺師になりたいの?」
私がツッコミを入れていると、村の奥様方や自警団の人たちが恐る恐る畑に近づいてきた。
「あ、アマネちゃん……あの男、どうするんだい?」
おかみさんが、ピクピクと痙攣しているゲルドを指差す。
「彼が土に埋めた権利書や実印は、後で村長さんに回収してもらいましょう。王都のギルドに突きつければ、彼が今までポポロ村や他の場所でやってきた不正の証拠として十分使えるはずです。本人は……そうですね、治安維持局が回収に来るまで、その辺の納屋にでも転がしておいてください」
私がそう指示を出すと、奥様方は「アマネちゃんがそう言うなら!」と、倒れているゲルドの襟首を掴み、ズルズルと容赦なく引きずっていった。
「さて。これで邪魔者もいなくなったし……」
リンちゃんが、じゅるりと涎を拭いながらクイーンメロロンを見つめた。
「アマネ。あの子、すっごく良い匂いになってる。もうモーツァルトも終わる頃でしょ? 食べてもいい?」
畑の中心では、すべてを終わらせたクイーンメロロンが、夕日に照らされて黄金色に輝いていた。
その果肉からは、男のドロドロした欲望など微塵も感じさせない、純粋で気高い、極上の甘い香りが漂っている。
『……ええ。アマネちゃん、リンちゃん』
クイーンメロロンが、静かに、そして満足げに揺れた。
『私、最高の環境で、最高の自分になれたわ。もう思い残すことはないの。……どうか、あなたたちに美味しく食べてほしいわ』
ガクッ。
心地よい音と共に、クイーンメロロンは自ら蔓から切り離され、ふかふかの土の上へと転がった。それは、魔獣植物としての生を全うし、完全な「極上の果実」へと昇華した瞬間だった。
「ありがとう、メロロンちゃん。……みんなで、最高のスイーツにしていただくわね」
私は、その黄金色の果実をそっと両手で抱き上げた。
悪意は自らの強欲に溺れて消え去り、後には誰も傷つかない、極上の甘い成果だけが残った。ポポロ村の空は、今日もどこまでも澄み切っていた。
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