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十番地の査察 ― 帝国の首領(ドン)への倍返し

1890年代初頭。アフリカの資源略奪を阻止し、世界を一つの巨大な「利益共同体」へと変貌させたヨシュア・ゴールドシュミットの前に、ついに最強にして最後の敵が立ちはだかった。ダウニング街10番地――英国首相官邸。そこに座るのは、大英帝国の版図拡大こそが神命と信じる保守党の重鎮、ベンジャミン・ディズレーリであった。


「ヨシュア様、官邸より召喚状が届きました。名目は『帝国財政への特別貢献に関する諮問』ですが、内実は異なります。首相は、ヨシュア様が構築した国際金融ネットワークを、英国政府の直接管理下に置くための『国家安全保障法』の準備を進めています。拒めば、ゴールドシュミット銀行の営業許可を取り消し、全資産を国庫に没収する構えです」


サミュエルの報告を聞きながら、ヨシュアは静かに自らの算盤を磨いていた。ついに、国家権力という名の「究極の独占」が、牙を剥いたのだ。


数日後。ダウニング街10番地の重厚な扉をくぐり、ヨシュアは首相執務室へと足を踏み込んだ。そこにはディズレーリ首相と、かつてヨシュアに恥をかかされた軍上層部、そしてアヘン商人の生き残りたちが、勝利を確信した薄笑いを浮かべて待ち構えていた。


「ゴールドシュミット殿。貴殿の功績は認めよう。だが、一民間人が世界の平和や物流をコントロールする時代は終わった。これからは、その全機能を大英帝国政府に譲渡していただきたい。これは帝国の、そして女王陛下の御意志だ」


ディズレーリが、葉巻の煙越しに冷徹な宣告を下した。ヨシュアは一歩も引かず、その老獪な政治家の瞳を正面から見据えた。


「国家への譲渡? ……笑わせないでいただきたい。あなたがたが求めているのは、管理ではなく『私物化』だッ!!」


ヨシュアの怒声が、歴史ある官邸の壁を震わせた。


「な、何だと!? 言葉を慎め、金貸し!」


「慎むべきは、あなたがたの帳簿だッ!! 首相、あなたが今進めようとしている軍事的な再武装や、中央アジアへの強引な軍事進出。その予算の裏付けはどこにある? 結局は、私が築いた平和な市場から得られる税収を、再び『戦争という名の死に金』に変えようとしているだけではないかッ!!」


ヨシュアは、一通の分厚い「国家財政監査報告書」をディズレーリの机に叩きつけた。


「これを見ろ! 帝国政府の負債は、あなたがたの野心によって既に限界に達している。私が管理を離れれば、世界中の投資家たちは即座に英国債を投げ売り、ポンドは紙屑と化す。あなたがたが守ろうとしている『帝国の威信』そのものが、本日をもって『不渡り』になるのだッ!!」


「……脅しのつもりか? 我々には軍隊がある。貴様の銀行を接収すれば済むことだ」


ディズレーリが低く唸る。だが、ヨシュアは不敵な笑みを浮かべた。


「接収? ……やってみるがいいッ!! たった今、全世界のゴールドシュミット系支店に対し、英国政府関連の全決済を『即時停止ロック』するよう命じた。あなたがたが私の資産に一指し触れた瞬間、大英帝国の全補給線は途絶え、海外派遣軍は一兵たりとも動けなくなる。……私が止めるのは金ではない。帝国の『心臓』そのものだッ!!」


官邸の一室に戦慄が走った。一人の金貸しが、大英帝国という巨大な怪物の頸動脈を、指一本で押さえている。


「やられたら、やり返す。……平和を維持するために私が積み上げてきた善意の資本を、自らの権力欲のために泥に染めようとした罪。その報いを、あなたがたの『内閣総辞職』という名の社会的破産で、一文残らず清算していただくッ!!」


ヨシュアの眼光には、一分の妥協もなかった。


「首相! あなたが密かに軍需産業から受けていた不正な資金還流の証拠は、既に各紙の記者たちに手渡してある。明日の朝刊が出るまでに、その席を退きなさい。……これは、市場マーケットが下した『解任決議』だッ!!」


ディズレーリは顔面を土色に変え、持っていた葉巻を落とした。


1890年代。英国政界の頂点に君臨した首領は、一人の銀行家による「金融監査」の前に、あえなく散った。武力ではなく、信用の連鎖。それが、暴走する国家権力に対する唯一にして最強の対抗手段であることを、ヨシュアは全世界に証明したのである。


「サミュエル、次の工程だ。……官邸に溜まった『利権のゴミ』をすべて掃き出せ。……これからは、政治家ではなく、市場の良心が世界を導く。……そのための『国際平和監視委員会』を直ちに設立する」


ヨシュア・ゴールドシュミット。一人の金貸しの執念が、帝国の野望を平和という名の檻に閉じ込めた。彼の帳簿には、国家すらも逆らえない、真の「平和の覇権」が刻まれようとしていた。

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