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自由の貸借対照表 ― 奴隷制という名の不良債権

1860年代初頭。

新大陸アメリカは、国家を二分する南北戦争の戦火に包まれていた。

南部連合は、奴隷制という忌まわしき「無償労働」を基盤とした綿花経済を守るべく、強硬な軍事行動を展開。北部のリンカーン大統領は、戦費の枯渇と、欧州列強の南部への肩入れという絶望的な状況に立たされていた。


ロンドンのゴールドシュミット銀行。

ヨシュアの元には、南部連合に巨額の融資を行い、戦後の綿花利権を独占しようと目論む旧時代の銀行家たちが集まっていた。


「ヨシュア、君も一枚乗らないか? 奴隷という『永久に燃料の要らない機械』を使った綿花農場は、人類史上最高の利回りを生む。この戦争で南部を勝たせれば、我々は黄金の山を築けるぞ」


かつての宿敵ロスチャイルドの流れを汲む男が、強欲な笑みを浮かべて誘いかけてきた。

ヨシュアは、手元の銀の算盤を「パチン」と一音、冷徹に弾いた。


「……黄金の山? 笑わせないでいただきたい。あなたがたが積み上げているのは、黄金ではなく、明日には腐り果てる『人類史上の汚点』という名の負債だッ!!」


ヨシュアの怒声が、豪華な執務室を震撼させた。


「な、何だと!? 経済的利益を無視するのか!」


「利益だと? いいですか。人間を『物』として扱い、その可能性を鎖で縛り付ける奴隷制……それは自由な競争と成長を拒絶する、経済学上の最大級のバグだッ!! 人間がただの『固定資産』として消費される場所に、イノベーションも新市場も生まれはしない。そんなシステム、私の帳簿には一ペニーの価値も認めんッ!!」


ヨシュアは即座に、北部のリンカーンに特使を送り、前代未聞の提案を行った。

戦費の全面支援――ただし、条件は一つ。

「奴隷解放宣言」の即時実行と、解放された黒人たちを「自由な労働者」として新産業に従事させる経済特区の設立である。


同時に、ヨシュアは南部連合の債券を保有する欧州の投資家たちに対し、最後通牒を突きつけた。


「本日、私はゴールドシュミット・シンジケートの全権限をもって、南部連合、および奴隷制を維持する全事業体への**『投資不適格宣告ブラックリスト』**を発動したッ!! 南部へ一銭でも貸す者は、明日から欧州の全銀行網から除名デバールされると思えッ!!」


「貴様……ッ! 戦争に勝てば債権は紙屑にならない! 我々は武力で勝つのだ!」


「勝てるものかッ!! 弾薬を買うための為替も、兵士を運ぶための石炭も、私がすべて『支払い停止』で凍結したッ!! 武力とは信用の裏付けがあって初めて動くもの。……信用のないあなたがたの銃は、ただの重たい鉄屑に過ぎないのだッ!!」


ヨシュアは一歩詰め寄り、震え上がる銀行家たちを指差した。


「やられたら、やり返す。……人間を数字以下の『物』として扱い、歴史の進歩を止めた罪。その報いを、あなたがたの『産業界からの永久追放』という形で、一文残らず清算していただくッ!!」


1863年、リンカーンによる奴隷解放宣言。

それは道徳の勝利であると同時に、ヨシュア・ゴールドシュミットが仕掛けた「経済的強制執行」の勝利でもあった。

南部のプランテーション経済は、金融の鎖によって窒息し、戦火の向こう側には「自由な労働」による爆発的な産業革命の幕開けが待っていた。


サミュエルは、大西洋を渡る融資の書類を整理しながら、静かに尋ねた。

「ヨシュア様、これでアメリカは一つに戻るでしょうか」


「ああ。これからは、人間を鎖で縛るのではなく、『共通の利益』という名の見えない糸で繋ぐ時代だ。……その方が、はるかに効率的で、はるかに美しい帳簿になる」


1860年代、ロンドン。

ヨシュア・ゴールドシュミット。

一人の金貸しの執念は、新大陸を覆っていた「奴隷制」という名の巨額の赤字を、自由という名の無限の黒字へと書き換えてみせた。

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