分かち合うたまごサンド(後編)
蓮は窓際の席へ腰を下ろした。卵サンドとアイスコーヒー。夏になると決まって頼む組み合わせだ。
「いただきます。」
焼きたての食パンは耳までやわらかく、卵はほどよい甘さに仕上がっている。
「おいしいです。」
その一言に、厨房から顔をのぞかせた紬は、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。」
その穏やかなやり取りを見ていたひなたが、突然蓮へ声を掛けた。
「おにいさん!」
蓮はきょとんとして自分を指さす。
「僕ですか?」
「うん!」
ひなたは元気よく頷いた。
「高校の新しい英語の先生なんでしょう?」
「そうだよ。」
「じゃあ、べんきょうできる?」
「少しなら。」
「さんすう!」
あまりに真剣な表情だったので、店内のお客さんたちから小さな笑い声が漏れた。
「算数かぁ。」
蓮は少し考えるふりをする。
「じゃあ、問題です。」
「うん!」
「ひなたちゃんがたまごサンドを二つ持っています。」
「うん!」
「でも、おばあちゃんが『一つ食べたいな』と言いました。」
「うん!」
「ひなたちゃんは何個食べられるでしょう?」
ひなたは腕を組み、難しい顔になる。
「うーん……。」
「一つ?」
「正解。」
蓮が拍手をすると、ひなたは得意そうに笑った蓮は続ける。
「おばあちゃんと半分ずつ食べたら、もっとおいしいかもしれないね。」
「……うん!」
ひなたは残っていた卵サンドを半分に割ると、おばあちゃんへ差し出した。
「はい。」
女性は目を丸くする。これまでおやつを分けてくれることなんてなかった。孫の成長を感じ、時の経つ早さを実感する。
「いいの?」
「いっしょにたべる。」
「ありがとう。」
その笑顔は、どこか照れくさそうだった。紬はその光景を見つめながら、小さく息をつく。
今日のたまごサンドは、誰かと分かち合うことの幸せを教えてくれるパンだったみたい。そんな気がした。
食べ終えると、ひなたは店の外へ出て、軒先にできた小さな水たまりをのぞき込んだ。
「見て!」
振り返って手を振る。
「せんせい!」
蓮も店の外へ出る。
「どうしたの?」
「おそら!」
水たまりには、夏の青空と白い雲が映っていた。
「ほんとだ。」
蓮がしゃがみ込む。
「空がもう一つあるね。」
「ね!」
ひなたは嬉しそうに笑った。客はひなた達と蓮のみ。その様子を見ていた紬も店先へ出る。三人で小さな水たまりを見つめる。
たったそれだけのことなのに、なんだか心が穏やかになる。
「子どもって、不思議ですね。」
紬がつぶやく。
「大人が見過ごすものを見つけるのが上手です。」
蓮は微笑みながら頷いた。
「教師をしていると、子ども達に気付かされることがあります。」
紬は静かに頷いた。
「それじゃあ、また来ます。」
おばあちゃんは会計を済ませると、紬へ頭を下げた。
「今日は孫を預かっていたんです。」
「夏休みですものね。」
「娘夫婦が仕事で忙しくて。」
そう言って、ひなたの頭を優しくなでる。
「また卵サンド食べようね。」
「うん!」
ひなたは大きく手を振った。
「またくるね!」
「待っています。」
紬も手を振り返す。祖母と孫の後ろ姿が坂道の向こうへ小さくなっていく。その姿を見送りながら、蓮がぽつりと言った。
「素敵な家族でしたね。」
「はい。」
紬は頷く。
「今日は、たまごサンドの日だったみたいです。」
「たまごサンドの日?」
「理由は分からないんです。でも、今日のおすすめパンは絶対にこれだー!って、そういう日が時々あるんです。」
蓮はその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
「小鳥遊さんらしいですね。」
「そうですか?」
「ええ。」
パンを焼く人だからこそ分かる、小さな予感。蓮はそれを不思議だとは思わなかった。
むしろ、その感覚があるからこそ、ククノチのパンには人をほっとさせる温かさがあるのだと思っていた。
夕方。
坂の上のお寺から鐘の音が響く。
ゴーン……。
いつもの音。いつもの町。そして、いつものククノチ。
今日もまた、誰かの何気ない一日が、この小さなパン屋で少しだけ優しくつながっていた。




