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第9話 私の席に座る義妹

リーゼから手紙が届いたのは、その夜だった。


 淡い香水の匂いがついた便箋には、見慣れた丸い字でこう書かれていた。


『お義姉様。わたくし、今日から正式に王都穀倉印監査官になりましたの。お義姉様の机、とても使いやすいですわ。ユリウス様も、ようやく柔らかな空気の人と仕事ができると喜んでいらして』


 そこで読むのをやめたくなった。


 けれど最後まで読まないと、相手の狙いが見えない。


『来月、王都で就任披露と婚約披露を兼ねた小宴を開きます。北辺で冷えた心を温めに、ぜひいらしてくださいませ。そうそう、お義姉様がよく使っていた旧式の印影帳、王都に送ってくださると助かりますわ』


 私は便箋を折りたたんだ。


 旧式の印影帳。つまり、王都はまだ私の手元にある記録を恐れている。


「嫌な手紙か」


 食堂の戸口にカイルがいた。珍しく自分から椅子を引いて向かいへ座る。


「ええ。義妹が私の机に座った報告と、証拠を寄越せという催促です」


 私は手紙を差し出した。カイルはざっと目を通し、最後の一文で眉を寄せる。


「旧式の印影帳?」


「王都で使われていた古い傷入り印の記録です。複製印と見分けるのに役立つ」


「向こうも必要としている」


「だから手紙をよこしたのでしょう。私は羨ましがって泣くと思ったのかもしれません」


 自分で言って、少しだけ可笑しくなった。


 王都ではずっと、私が泣いて頼めば物事が戻るように扱われてきた。でも私はもう知っている。戻してほしいと頼む相手こそ、奪った側なのだと。


 カイルが食卓の端に置かれた温かいスープを私の方へ寄せた。


「行くか」


「王都へ、ですか」


「披露宴に」


 私は首を振る。


「今は行きません。向こうが欲しいのは私の悔しさではなく、記録ですから」


「なら、もう少し焦らそう」


 その言い方が思いのほか意地悪で、私は思わず笑ってしまった。


「侯爵にも、そういう顔ができるんですね」


「たまには」


 それだけで会話は終わった。けれど、不思議と食堂の空気が少し軽くなる。


 私はリーゼの手紙を暖炉へくべた。


 青い炎の端で、王都の甘い匂いが焦げて消える。


 私の席は、もう王都の机の上だけにはない。


 今の私が守るべき場所は、数字の向こうに冬を抱えたこの港だ。



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