第6話 無口な侯爵の朝焼きパン
翌朝、私が第二備蓄蔵の前で袋の重さを量っていると、また紙袋が差し出された。
「今日は芥子実入りだ」
カイルは相変わらず無表情だったが、パンの種類だけは妙に細かい。
「侯爵自ら運ぶ仕事ではないでしょう」
「朝の見回りついでだ」
「毎日、見回りの経路が私の机を通るのですね」
「そうだな」
否定しないところがずるい。
私は量りに袋を乗せ、帳面へ数字を書く。帳簿では一袋五十斤。だが実物は四十六斤しかない。袋ごとに少しずつ抜かれているから、見ただけではわからない。
「少しずつ薄くするやり方です」
「積み上げれば大きい」
「ええ。王都はその“大きい”方だけを隠したい」
私は重さの偏りを表にした。軽い袋はすべて港側の区画から運ばれている。荷札に押された積出し印も、北辺製粉所ではなく王都中継倉のものだ。
「王都で一度開けている」
「つまり、途中で抜かれた」
「はい。しかも帳簿を触れる人間がいる」
カイルは黙って私の表を見ていた。その横顔は硬い。怒っているのか、考えているのか、最初はわからなかった。けれど数日見ているうちに、彼は感情を消す人ではなく、簡単に外へ出さない人なのだとわかってきた。
「君は、王都へ戻りたいか」
不意の問いだった。
「昨日までは戻って席を取り返すことしか考えていませんでした」
「今日は?」
「この蔵を見てからは、戻るだけでは足りないと思っています」
私は軽い袋の山を見た。
「誰がやったかを暴いて、もう二度と同じことが起きないようにしたい」
カイルが小さく頷く。
「なら、北辺の名で監査を出そう。君を補佐ではなく、臨時の特任監査官として扱う」
「できますか」
「王都は嫌がる」
「でも、やるのですね」
「嫌がることと、やらないことは同じじゃない」
私は少しだけ笑ってしまった。
その時、港の方から怒鳴り声が聞こえた。運搬人同士の喧嘩らしい。グレタが駆けていく。
カイルは私の帳面を閉じ、風で飛ばないよう手を添えた。
「パンは冷える前に食べろ」
「命令ですか」
「提案だ」
私は芥子実入りのパンを一口かじる。昨日より甘い。
冷たい倉の前で、妙に似合わない温かさだった。
けれどその温かさが、なぜか仕事の手を速くする。
私は新しい見出しを書いた。
“港経由袋の再計量”。
止まっていた北辺の冬は、少しずつ動き出していた。




