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第4話 空になりかけた雪港の備蓄蔵

第一備蓄蔵の扉を開けた瞬間、鼻に湿った麦の匂いが刺さった。


 嫌な匂いだった。乾いた穀物ではなく、半端に濡れて再び乾いた時の匂い。倉の管理が崩れた証拠だ。


 蔵番頭のグレタが肩をすくめる。四十代半ばの女で、腕まくりした前腕は私よりよほど頼もしい。


「見ての通りだよ、王都のお嬢さん」


「お嬢さんではなく監査官補佐です」


「なら、補佐の字を消せるだけの働きを見せな」


 私は返事の代わりに、棚札と袋数を照合した。


 帳簿では小麦二千袋。だが実際に積まれていたのは千二百四十一袋。しかも下段の三十袋は水気を吸っており、救恤には使えない。袋口の縄も、新しいものと古いものが入り混じっている。


「誰が積み直しましたか」


「去年の冬、王都から来た監査役が『見栄えを整えろ』ってさ」


 見栄え。


 私は歯を食いしばった。飢えをしのぐための倉で、見た目だけを整えたのだ。


 中央通路の先に、印章箱があった。鍵穴には無理やりこじ開けた傷。箱の中には北辺用救恤印が二本あるはずなのに、一本しかない。


「印章一本が欠けています」


「三か月前に失くしたって報告したよ。でも王都は『古い印で代用しろ』の一言」


 代用ではなく、偽造を許したのだ。


 私は持参した印影図と残っていた印を照らし合わせた。葉脈は正しい。つまり王都で見た偽印は、ここで失われた一本を元に複製された可能性が高い。


 背後でブーツの音が止まった。カイルだ。


「どう見る」


「帳簿と現物が合いません。失われた印章の複製も出回っています。北辺だけの問題ではないです」


 グレタが鼻を鳴らす。


「そんなこと、みんな薄々わかってたよ。でも数字を合わせる人間が王都にいるなら、こっちの訴えは埋もれる」


「埋もれません」


 私は一番上の袋から封蝋を剥がした。麦穂印の左下に、小さな欠けがある。正規印にだけ残る古傷だ。


「本物もまだ残っている。全部入れ替えたわけじゃない」


「なら?」


「混ぜています。追跡されにくくするために」


 カイルが倉内を見回した。


「必要な物は」


「帳簿の原本。失われた印章の保管記録。あと、濡れた袋をどこで受け取ったかの荷札です」


 彼は一度だけ頷いた。


「用意させる」


 多くを語らない人だ。けれど必要な言葉だけは、驚くほどまっすぐだった。


 私は空に近い棚を見上げる。


 この蔵は、飢える前に嘘で死にかけている。


 なら私は、まずその嘘の数を全部書き出す。


 誰かに譲るためではなく、ここで生き延びる人のために。



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