第15話 北辺侯爵領の新しい配給札
公開監査を前に、私は配給の仕組みも改めることにした。
今までの北辺では、紙札一枚で各家へ穀物を渡していた。だが紙札は転売されやすく、偽造もしやすい。だから、穀倉印と重さ印を組み合わせた二重札へ切り替える。
朝から作業場に集まったのは、グレタ、ロルフ、製粉所の女主人マルタ、港の荷役頭たち。全員、大人の顔だ。北辺を回してきた人たちばかりで、誰も可愛げなど武器にしない。
「札の角を切る意味は?」
マルタが尋ねる。
「地区別です。東区は右上、港区は左下。印だけ真似しても角の位置で弾けます」
「へえ、いいじゃないか」
グレタが笑う。
私は木机に札を並べ、重さ印を押していく。単純だが、見てすぐわかる仕組みほど強い。複雑にすると、また誰かが間を抜く。
昼休みに、カイルが工房を覗いた。
「ずいぶん賑やかだ」
「制度を変える時は、先に使う人を巻き込んだ方が早いので」
「王都は逆だな」
「使う人を外して決めるから、あとで崩れます」
私がそう言うと、マルタが大きく頷いた。
「王都の連中は鍋の重さも知らないのに、配給量だけ決めるからね」
作業場に笑いが広がる。
夕方までに新札は三百枚できた。私は出来上がった束を布で包み、金具付きの箱へ入れる。
「持っていくか」
箱を見ていたカイルが手を伸ばした。
「重いですよ」
「知っている」
彼は箱を軽く持ち上げ、私の執務机まで運んだ。
「監査の日にこれも見せます。北辺は改善していると」
「君がやったことだ」
「侯爵が扉を開けてくれたからです」
私がそう言うと、彼は少しだけ目を伏せた。
「……なら、もう少し開けるか」
それから彼は、執務机の引き出しから小さな包みを取り出した。中には新しい革手帳が入っている。表紙に麦穂の刻印。
「古い帳面は重そうだった」
思わず指が止まった。
「私に?」
「嫌なら引っ込める」
「嫌ではありません」
むしろ、胸の奥が少しだけ熱くなる。
王都では、私に贈られるものは飾りばかりだった。けれどこの革手帳は、明らかに仕事のための贈り物だ。
私は新しい手帳を開き、最初の頁へ書いた。
“北辺新配給札 第一日目”。
今度の贈り物は、ちゃんと私の手に馴染んだ。




