第9話 熊の装備
丘の上を見たが、何もいない。
「何がいたんだ?」
「わからない。何かいた」
(・・獣か魔物かなんかだろう・・まぁいいか・・)
今の俺の格好は最悪だった。
熊の毛皮を肩に引っかけ、草の腰巻き、裸足。
その横に、狼と白狐。
どう見ても、怪しい。
「……待てよ」
俺は熊の死体を見た。
分厚い毛皮。
鋭い爪。
丈夫な腱。
全部、使える。
今、下手に近づくより先にやるべきことがある。
人と会うなら、“生き残れる姿”になってからだ。
「まず装備だ」
白狐が、肉を咥えたまま首を傾げた。
『あれ、行かないの』
「今行ったら、不審者だろ」
『今も十分変』
「うるせえ」
「よし。熊の全部、使う」
まずは、毛皮だ。
ただ剥いだだけじゃ臭うし、固まる。
このままじゃ着られない。
前世で見た知識を総動員する。
「毛皮をなめすには……脂と肉を落として、乾かして、揉む」
『なめす?』
「柔らかくして、使えるようにする」
『お前、何でも知ってる』
「ネット知識な」
『ねっと?』
「……便利な群れだ」
『群れ?』
「やめよう、この説明」
まず、石ナイフで皮の裏の脂と肉を削ぐ。
これは重労働だった。
熊の皮は厚い。
力を入れすぎると刃が滑る。
何度も手を切りそうになりながら、慎重に削る。
白狐は途中で飽きて寝た。
狼たちは時々肉を運ぶ。
母狼だけは、じっと見ていた。
『無駄じゃないか』
「無駄じゃない」
俺は汗を拭う。
「寒さに勝つには、身体を守るのが一番だ」
『毛を着るのか』
「そう。熊の力を借りる」
母狼は、少しだけ目を細めた。
『悪くない』
それ、褒めてるのか?
皮の裏を削ぎ終えたら、次は脂だ。
熊の脂を少し温め、皮の裏に擦り込む。
油分を馴染ませ、手で揉む。
踏む。
引っ張る。
揉む。
ひたすら。
手が痛い。
腕もパンパンだ。
でも、少しずつ。
皮が、しなやかになっていく。
「……いける」
夢中になって、半日が過ぎた。
気づけば、太陽が傾いていた。
丘を見る。
少女は、まだいた。
こっちを見てる。
「ずっと見てんのかよ……」
『変なやつ見てると飽きない』
「お前、それ悪口だろ」
白狐が尻尾を揺らす。
『事実』
俺はため息をつき、次の作業へ移る。
念願の靴だ。
熊の足先に近い部分の毛皮は、特に分厚い。
防寒には最高。
問題は、縫う道具。
針はない。
だが。
「骨、使えるな」
熊の細い骨を石で削る。
先を尖らせる。
穴を空けるための骨針もどきを作る。
そして――
熊の脚の腱。
これが最強の糸だ。
乾かすと丈夫になる。
「昔の人って、天才だよな……」
全部、無駄にしない。
理にかなってる。
俺は、毛皮を足の形に合わせて折り、骨針で穴を開け、腱糸を通して縫っていく。
見た目は不格好。
でも、足首まで包める。
ようやく完成した。
「……熊毛ブーツ」
履く。
温かい。
足裏が、冷たくない。
思わず、その場で飛び跳ねた。
「うおおお……!」
感動した。
マジで。
この世界来てから、一番感動したかもしれない。
白狐が、引いていた。
『変な声』
「うるせえ! 靴だぞ!? 靴!」
『くつ?』
「足を守る文明だ!」
『知らん』
知らんだろうな。
でも、これはでかい。
雪の上をまともに歩ける。
行動範囲が一気に広がる。
次は武器だ。
木槍だけじゃ心もとない。
熊の爪は、長く、鋭い。
使える。
「どうやって付けるか……」
俺は考えた。
熊の爪は湾曲してる。
そのままじゃ刺さらない。
でも、裂く武器にはなる。
槍の穂先の少し下、左右に付ければ――返しになる。
俺は、真っ直ぐな硬木を選んだ。
先端を石で削る。
割れ目を作る。
そこに熊の爪を差し込み、熊の腱でぐるぐる巻きに固定。
さらに、温めた熊脂と樹液を混ぜた即席接着剤を塗る。
乾かす。
握る。
重い。
でも、しっくりくる。
「……熊牙槍」
いや、爪か。
でも、強そうだ。
白狐が、目を丸くした。
『かっこいい』
「だろ?」
『少しだけ』
「素直じゃねえな」
熊毛の外套。
熊毛ブーツ。
熊爪槍。
鏡はない。
でも、たぶん今の俺、だいぶマシだ。
いや、むしろ原始時代なら強者感ある。
俺は、雪原に立った。
冷たい風が吹く。
でも、もう寒くない。
ちゃんと、生きる準備ができてる。




