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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第8話 熊の恵み


 洞窟熊の死体は、山のようだった。

 雪の上に横たわるその巨体を前に、俺はしばらく呆然と立ち尽くしていた。

 さっきまで動いていた化け物が、今はただの肉の塊になっている。

 夢みたいだ。

「……マジで勝ったのか」

『勝った』

 母狼が短く答える。

 相変わらず素っ気ない。

 でも、その目には前よりずっと強い信頼が宿っていた。

 白狐は、熊の死体から数歩離れた場所で、毛を逆立てたまま固まっている。

『近づくなって言った』

「分かってる。触ってない」

 俺は、熊の胸元を見た。

 毛の間から覗く、赤黒い石。

 脈打ってる。

 どくん。

 どくん。

 気味が悪い。

 熊は死んだのに、石だけが生きてるみたいだった。

「これ、何なんだ」

 白狐は尻尾を縮めた。

『知らない。でも、昔からある』

「昔?」

『冬の外れから、たまに流れてくる』

 狐の目が、遠くを見る。

『あれを持った獣は、変になる。強くなる。痛がらない。腹が減って、何でも食う』

「感染みたいなもんか……?」

『かんせん?』

「病気みたいなもん」

『そう。冬の病』

 病、か。

 でも、石だぞ?

 この世界、ただの氷河期じゃないとは思ってたけど、まさかファンタジー要素まであるとは。

 ……いや、喋る狐がいる時点で今さらか。

「とにかく、これは触らない方がいいな」

『賢い』

 白狐が珍しく素直に頷いた。

『燃やせば、たぶん消える』

「燃やす……?」

『火は、あれも嫌い』

 また火か。

 本当に、この世界で火は神だな。

 俺は、洞窟熊の周囲に落ちている枝を集め始めた。

 狼たちも、黙って手伝う……わけはないが、周囲の警戒はしてくれている。

 ありがたい。

 石だけを直接触らないよう、長い枝で胸毛を裂く。

 血と焦げた毛の匂いが鼻を刺す。

 中から現れたそれは、思った以上に禍々しかった。

 拳大。

 表面は黒いのに、内側で赤い光が脈打っている。

 まるで、生きた炭だ。

「うわ……」

 ぞっとする。

 あんなもんが胸に入ってたのか。

『気持ち悪い』

 白狐が耳を伏せた。

 俺は長枝で石を転がし、即席の焚き火の中へ放り込んだ。

 ぼっ、と火が上がる。

 最初は変化がなかった。

 だが。

 しばらくすると、石の赤が強くなる。

 どくん、どくん、と鼓動が早まる。

「なんか、やばくないか?」

『離れろ!』

 白狐の叫びと同時に、俺は飛び退いた。

 次の瞬間。

 パァン!!

 石が、火の中で弾けた。

 赤い火花が散る。

 だが、それだけだった。

 すぐに黒い灰になり、風に消えた。

 空気が、一気に軽くなる。

 さっきまで森を覆っていた嫌な圧が、ふっと消えた。

 狼たちも、毛を伏せる。

『……消えた』

 母狼が、低く呟いた。

「ほんとに病だったんだな」

 この世界には、自然だけじゃない脅威がある。

 でも。

 今は、それより先だ。

 目の前には、宝の山がある。

 俺は熊を見た。

 肉。

 毛皮。

 骨。

 脂。

 全部使える。

「……よし」

 俺は、深く息を吸った。

「解体するぞ」

『かいたい?』

「食えるようにする」

 白狐の耳が、ぴんと立った。

『食べる?』

「当たり前だろ」

『それ、食べるの!?』

「熊肉は普通に食える」

『普通じゃない』

「この世界じゃ、たぶん普通だ」

 問題は、道具だ。

 石器すらない。

 だが、森には石がある。

 俺は川辺へ向かい、硬そうな石を探した。

 黒曜石っぽい割れやすい石。

 硬い打石。

 前世で動画で見た知識を思い出す。

 石を打つ。

 割る。

 削る。

 何度も失敗。

 指を切る。

 でも。

 やがて。

 鋭い石の刃が、手の中に生まれた。

「……石ナイフ」

 思わず、笑った。

 文明が、一歩進んだ。

『また変なの作った』

「これは超大事だぞ」

『火も石も、お前すごい』

 白狐が、珍しく素直に褒めた。

 俺は、少し照れた。

「まあな」

 洞窟熊の毛皮は分厚かった。

 石刃で切り裂くのは、かなり苦労した。

 だが、火で温めながら皮を剥ぎ、脂を削ぎ落とす。

 肉は赤く、ずっしりしている。

 内臓は……一部おかしい。

 黒ずんでる部分がある。

「ここはダメだな」

 病の影響か。

 使える部分だけ取る。

 もも肉。

 背肉。

 脂身。

 狼たちが、じっと見ている。

 よだれ出てるぞ。

「待て。ちゃんと分ける」

『早く』

 白狐が足踏みしてる。

「お前も待て」

 肉を枝に刺し、火で炙る。

 じゅうう、と脂が滴る。

 香ばしい匂いが、森に広がった。

 その瞬間。

 子狼たちが、洞窟からころころ転がるように出てきた。

『いい匂い!』

『食べたい!』

 可愛い。

 ずるい。

 俺は笑いながら、肉を切り分けた。

「ほら。熱いから気をつけろ」

 子狼たちが、はふはふ言いながら食べる。

 母狼が、静かにこちらを見た。

『……ありがとう』

 初めてだった。

 この母狼が、ちゃんと礼を言ったのは。

 俺は少し驚いて、でも、笑った。

「こっちこそ。助かった」

 狼たちは、もう仲間だ。

 白狐なんて、俺の膝で肉を食ってる。

『もっと』

「遠慮しろ」

『無理』

 平和だ。

 不思議なくらい。

 昨日まで死ぬかと思ってたのに。

 でも、だからこそ思う。

 生き延びた先には、ちゃんとこういう時間がある。

 火のそばで、仲間と飯を食う時間。

 それだけで、人は救われる。

 俺は、剥いだ熊の毛皮を肩に掛けた。

 重い。

 でも、暖かい。

「……最高だな」

 白狐が鼻を鳴らす。

『似合わない』

「うるせえ」

 笑った、その時。

 母狼の耳が、ぴくりと動いた。

 すっと立ち上がる。

『……何かいる』

 空気が、変わる。

 俺は立ち上がり、槍を取った。

「どこだ?」

 母狼が、丘の向こうを見た。


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