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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第10話 通じない声


 丘の上の少女は、まだそこにいた。

 白い息を吐きながら、じっとこちらを見ている。

 逃げない。

 近づかない。

 ただ、観察している。

「……どうする」

 俺は小さく呟いた。

『危ない』

 母狼が低く唸る。

『あれ、人間。でも違う』

「違うって何だよ」

『狩る目だ』

 確かに。

 あの目は、昨日の熊と似ている。

 ただし、理性がある分、もっと厄介だ。

 白狐が、俺の肩に飛び乗った。

『近づくな。あれ、お前を測ってる』

「測る?」

『強いか、弱いか。食えるか、危ないか』

「物騒すぎるだろ」

 だが、否定できない。

 少女が、ゆっくりと手を動かした。

 次の瞬間。

 ヒュンッ!

「っ!?」

 反射的に身をひねる。

 耳元を何かが掠めた。

 後ろの木に、細い槍が突き刺さっている。

 投げ槍。

「おいおい……」

 冗談じゃない。

 狼たちが一斉に唸る。

 だが、飛びかからない。

 距離がある。

 そして、少女はすでに次の槍を構えていた。

『来る』

 白狐が短く言う。

「待て、話――」

 言いかけた、その瞬間。

 少女が、何か叫んだ。

 だが。

「……は?」

 意味が分からない。

 音は聞こえる。

 声も、言葉っぽい。

 でも、頭に入ってこない。

 まるで、雑音だ。

 もう一度、少女が叫ぶ。

 強く。

 鋭く。

 だが、やっぱり分からない。

『敵だ』

 母狼の声が、はっきり響く。

 その瞬間、理解した。

 ――ああ、そういうことか。

 敵意がある相手の言葉は、通じない。

 俺は、歯を食いしばった。

「最悪の仕様だな……!」

 少女が、駆け出した。

 速い。

 雪を蹴り、一直線に距離を詰めてくる。

 その動きは、完全に“狩り”だった。

「散れ!!」

 俺の声で、狼たちが左右へ展開する。

 少女は止まらない。

 むしろ、嬉しそうにすら見えた。

 次の槍が飛ぶ。

 ヒュッ!

 俺は横に転がる。

 雪に突っ込み、すぐに立ち上がる。

「ちっ……!」

 強い。

 ただの人間じゃない。

 この環境で生きてる時点で、当然か。

 少女が距離を詰める。

 今度は短槍を構え、突きに来る。

 速い。

 俺は熊爪槍で受ける。

 ガンッ!!

 衝撃が腕に走る。

「っ……!」

 軽い。

 だが鋭い。

 無駄がない動き。

 少女の目が、俺の装備を一瞬だけ見た。

 熊毛。

 爪槍。

 その視線が、わずかに変わる。

 だが、次の瞬間にはまた冷たく戻った。

 通じない。

 言葉も。

 意思も。

 今は、ただの“敵”だ。

「くそ……!」

 俺は距離を取る。

 戦うか?

 勝てるか?

 いや――

 目的は違う。

 俺は深く息を吸った。

 槍を、ゆっくりと下ろす。

 構えを解く。

「……俺は、戦う気はない」

 通じないと分かっていても、言う。

 両手を広げる。

 武器を、地面に置く。

 白狐が、驚いた声を上げる。

『馬鹿!』

 狼たちがざわめく。

 だが、俺は動かない。

 少女が、足を止めた。

 数メートル先。

 槍を構えたまま、俺を見る。

 赤い息。

 白い雪。

 静寂。

 数秒。

 数十秒。

 時間が、伸びる。

 少女の目が、わずかに揺れた。

 敵か。

 獲物か。

 それとも――

 判断している。

 その時。

 風が吹いた。

 俺の背後で、狼の子どもが小さく鳴いた。

『さむい……』

 その声が、空気を変えた。

 少女の視線が、わずかに揺れる。

 俺を見る。

 狼を見る。

 もう一度、俺を見る。

 そして――

 ゆっくりと、槍を下ろした。

「……」

 少女が、何か言った。

 今度は。

 聞こえた。

『……仲間?』

 小さな声。

 警戒は残っている。

 でも、さっきのような“拒絶”じゃない。

 俺は、静かに頷いた。

「……ああ」

 今度は、ちゃんと意味が通じた。

 白狐が、ぽつりと呟く。

『……ほどけた』

 母狼も、低く息を吐く。

 雪原の上で。

 ようやく。

 “会話”が始まった。


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