第11話 火を持つ者
少女は、まだ警戒していた。
槍は下ろしたが、完全に油断はしていない。
いつでも動ける距離を保ち、俺と狼と白狐を順番に見ている。
特に狼だ。
『あれ、変』
白狐がぼそりと言う。
「お前も大概だけどな」
少女の視線は、母狼で止まった。
普通ならありえない光景だ。
人間が、狼と並んで立っている。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「……名前、あるか?」
少女は一瞬だけ眉をひそめた。
そして、短く答える。
『ユナ』
ユナ。
響きはシンプルだ。
この世界の言葉らしい。
「俺は、タカシだ」
自分の名前を言うのが、妙に久しぶりに感じた。
ユナは、じっと俺を見る。
そして、ぽつりと呟いた。
『火の匂いがする』
「まあな」
俺は、熊毛の外套を軽く叩いた。
「火がないと死ぬからな」
ユナは、少しだけ目を細めた。
その反応は、興味と警戒が半々。
『火を持つ人間、少ない』
「……そうなのか?」
意外だった。
火なんて、当たり前のものだと思っていた。
でも、この世界では違うらしい。
『雷のあと、たまに手に入る。でもすぐ消える』
なるほど。
自然発火頼りか。
だから、火を“維持する”って概念がない。
俺は、少しだけ考えてから言った。
「俺は、作れる」
ユナの目が、はっきりと揺れた。
『……嘘』
「見せるか?」
俺は腰から火種を取り出した。
小さな炭。
でも、これが命だ。
雪を払い、乾いた樹皮を集める。
手はもう慣れている。
石を打つ。
カンッ。
火花。
もう一度。
煙。
そして――
ぼっ。
小さな炎が生まれた。
ユナが、息を呑む。
『……太陽』
「違う、火だ」
横から白狐が訂正する。
『太陽じゃない』
「お前は黙ってろ」
ユナは、一歩だけ近づいた。
慎重に。
まるで、神聖なものに触れるみたいに。
手をかざす。
そして、驚いたように呟いた。
『あたたかい……』
その声は、さっきまでの狩人のものじゃなかった。
ただの、人間の声だった。
俺は少しだけ笑った。
「だろ」
その瞬間。
ユナの表情が、はっきり変わった。
敵じゃない。
獲物でもない。
“価値がある存在”を見る目だ。
白狐が、ぼそっと言う。
『これで生き延びた』
「やめろ、そういう言い方」
でも、間違ってない。
火は、この世界の通貨だ。




