第12話 取引
洞窟の前。
焚き火を挟んで、俺とユナは向かい合っていた。
狼たちは少し離れた場所で寝そべっている。
完全には気を許していないが、襲う気もない。
白狐は俺の膝の上。
完全に定位置だ。
『それ、全部お前がやったのか』
ユナが、熊の解体跡と装備を見て言う。
「まあな」
ユナは、熊毛ブーツをじっと見ている。
『足、守ってる』
「これがないと凍る」
『……賢い』
その一言は、素直だった。
俺は少しだけ誇らしくなった。
「で、お前は?」
ユナの装備を見る。
軽い。
毛皮はあるが薄い。
動きやすさ重視。
そして、槍。
細くてしなる。
投擲向きだ。
「狩り専門か?」
『走って、投げる。逃げる。囲む』
「集団狩りか」
納得した。
単独で熊は無理だろう。
ユナは、少しだけ間を置いて言った。
『……交換する?』
来た。
俺は頷く。
「いいぞ」
ユナは、腰の袋から何かを取り出した。
乾いた葉。
細かく砕かれている。
『これ、傷に塗る。腐らない』
「薬か」
これはデカい。
この世界で怪我は即死に直結する。
「いいな、それ」
ユナは、火を見る。
そして言った。
『火、ほしい』
なるほど。
シンプルだ。
俺は、少しだけ考えた。
火を渡すのは簡単だ。
でも、維持できなきゃ意味がない。
「火のやり方、教える」
ユナが、驚いた顔をした。
『……いいの?』
「その代わり、これ」
俺は、薬草を指さす。
「あと、他にもあるなら教えろ」
ユナはしばらく考えた。
そして、ゆっくり頷いた。
『分かった』
成立だ。
初めての“取引”。
金もない。
言葉も不完全。
でも、成立する。
これが、人間だ。
俺は火を指さしながら説明する。
「乾いた木。細いのから」
ユナが頷く。
真剣だ。
「空気を入れる。強く吹きすぎない」
実演する。
ユナが真似する。
失敗する。
もう一度。
煙。
火花。
そして――
ぼっ。
小さな炎。
ユナの目が、大きく開かれる。
『……できた』
その声は、震えていた。
「おめでとう」
ユナは、火を見つめたまま言った。
『これ、村に持って帰る』
「村、あるのか」
ユナは頷く。
『でも……』
言葉を濁す。
「どうした」
『最近、変な獣、増えた』
来た。
冬の病だ。
『目、赤い。痛くない。ずっと食べる』
「……それ、見た」
ユナの目が、俺を見る。
『倒した?』
「一応な」
ユナは、少し黙った。
そして、ぽつりと呟く。
『……じゃあ、お前、必要』
必要。
その言葉は、重かった。
ただの取引じゃない。
これは――
関係の始まりだ。
白狐が、ぼそっと言う。
『面倒なことになる』
「もうなってる」
俺は苦笑した。
火の前で。
狼と、狐と、人間と。
奇妙な“群れ”が、でき始めていた。




