第79話 ヴァルガン王、激怒する
ヴァルガン王国。
王都の城に、一人の兵士が駆け込んできた。
「申し上げます!」
息を切らしながら、兵士は玉座の前に跪いた。
「黒山兵団、千名……敗れました!」
玉座に座っていたバルガス王の眉が動いた。
「……何だと?」
「太狼国という新興勢力に敗北し、多数の死傷者を出しております」
「太狼国?」
バルガス王は聞き慣れない名前に顔をしかめた。
「以前から報告されていた、鉄を持つ部族でございます」
「たかが部族だろう!」
バルガス王が玉座の肘掛けを叩いた。
「その程度の連中に千人が負けただと?」
「はっ……」
兵士は頭を下げた。
「しかも、五割の上納を要求したところ、拒否されたとのことです」
「生意気な!」
王の怒声が広間に響いた。
家臣たちが一斉に顔を上げる。
「我がヴァルガン王国に逆らうだと?」
バルガス王は立ち上がった。
「たかが小さな国が、何を勘違いしている!」
その怒りは、もはや敗戦そのものよりも、自分の命令を拒絶されたことへ向けられていた。
「アルバドを呼べ!」
しばらくして。
大きな身体をした男が広間へ入ってきた。
黒い鎧ではない。
全身を鉄の防具で固めた、ヴァルガン王国の大将軍だった。
「お呼びでしょうか、陛下」
「アルバド」
バルガス王は命令した。
「精鋭千を率いて、太狼国を攻略せよ」
アルバドの目が鋭くなる。
「千名でございますか?」
「ああ」
「それだけで?」
「十分だ」
バルガス王は即答した。
「お前が率いる千名は、我が国でも選りすぐりの兵士たちだ」
アルバドは黙っている。
「さらに奴隷兵五百をつける」
「合計千五百」
「そうだ」
バルガス王は玉座から立ち上がった。
「太狼国を攻め落とせ」
「そして、逆らった者たちを見せしめにせよ」
広間に緊張が走る。
アルバドは深く頭を下げた。
「承知しました」
こうして。
ヴァルガン王国の精鋭千名。
そして奴隷兵五百名。
合計千五百の軍勢が編成されることになった。
だが。
この千名の精鋭には、重大な意味があった。
ヴァルガン王国が動かせる軍事力の、およそ半分だった。
それほどの兵力を。
一つの小さな国を潰すために投入する。
それだけバルガス王は怒っていた。
そして。
その情報を聞いていた者がいた。
王城の片隅。
書類を整理する役人の中に、一人の男がいた。
誰も気に留めない。
ごく普通の役人。
しかし。
彼の正体は、ハルディア王国から送り込まれた間者だった。
男はその夜。
王都の外へ出た。
そして、密かに待っていた仲間へ情報を伝える。
「ヴァルガンが動く」
「どれほどだ?」
「精鋭千」
聞いた男の顔が変わった。
「千だと?」
「ああ。それに奴隷兵五百」
「目的は?」
「太狼国という新興国の攻略だ」
間者はさらに続けた。
「ヴァルガン王国の精鋭は、これでほぼ半数が国外へ出る」
その情報は。
夜のうちにハルディア王国へ送られた。
数日後。
ハルディア王国の王城。
一人の伝令が走り込んできた。
「報告します!」
ハルディア王が振り返る。
「ヴァルガン王国が軍を動かしました」
「どれほどだ?」
「精鋭千」
王は黙った。
「さらに奴隷兵五百」
「目的は?」
「東方の太狼国です」
王は地図を広げた。
そして。
ヴァルガン王国を見つめた。
「……千か」
隣にいた将軍が言う。
「ヴァルガンの精鋭は、それほど多くありません」
「つまり」
王は地図を指でなぞった。
「ヴァルガン王国の戦力が、大きく外へ出る」
「はい」
しばらく沈黙した。
やがて。
ハルディア王が口を開いた。
「軍を起こせ」
将軍が驚く。
「今からですか?」
「ああ」
王はヴァルガン王国を見つめた。
「奴らが出発してから五日後だ」
「五日後?」
「そうだ」
王の声は静かだった。
「ヴァルガンを攻める」
将軍たちがざわめいた。
「ヴァルガン王国の精鋭が千も国外へ出る」
「その瞬間を狙う」
ハルディア王は地図を見つめる。
「これは千載一遇の好機だ」
こうして。
太狼国を攻めるためにヴァルガン王国が出した千人の精鋭。
その出発が。
ヴァルガン王国そのものを戦争へ引きずり込むことになった。
ヴァルガン王国はまだ知らない。
自分たちが太狼国へ向かっているその頃。
南西から。
ハルディア王国の大軍が。
静かに動き始めていることを。




