第80話 黒山で動き出す軍と、新たな仲間
その日の昼過ぎ。
ユキは黒山の近くまで来ていた。
木々の間から山の様子を覗き込む。
すると。
昨日までとは明らかに様子が違っていた。
黒山の麓を、人間たちが慌ただしく走り回っている。
荷物を運ぶ者。
武器を集める者。
兵士を整列させる者。
何かの準備をしている。
『何か始まるぞ』
ユキはしばらく観察した。
しかし、それ以上は近づかなかった。
何が起きるのか。
それを確認するため、一度太狼国へ戻る。
夕方。
ユキが太狼街へ帰ってきた。
「ユキ、どうだった?」
タカシが尋ねる。
『黒山で、人間たちが慌ただしく動いていた』
「兵士か?」
『そう。武器を持って集まっていた』
タカシの表情が変わる。
「……軍事行動かもしれないな」
クロベも頷いた。
「可能性は高いでしょう」
タカシは少し考えた。
敵がいつ動くのか。
何人いるのか。
どこへ向かうのか。
それを知る必要がある。
「よし」
タカシは四匹の狼を見る。
「四匹で監視してくれ」
ユキの隣に、ゴウ、ハヤテ、コマが並んだ。
「何か大きな動きがあったら、一匹が戻って報告する」
「残りの一匹は、そのまま監視を続けろ」
『任せて!』
ゴウが元気よく尻尾を振った。
『俺たちに任せて!』
ハヤテも続く。
『行ってくる!』
コマも勢いよく走り出した。
『待て待て!』
ユキが追いかける。
四匹の狼は、そのまま黒山へ向かって走っていった。
タカシは、その背中を見送った。
「頼むぞ」
その頃。
黒山では。
四百人の奴隷兵と、百人の精兵が集められていた。
奴隷兵たちは粗末な武器を持たされている。
しかし。
まだ本隊とは合流していなかった。
何かを待っている。
その様子を、森の中からゴウが見つめていた。
『まだ動かないな』
兵士たちは落ち着かない様子で、周囲を何度も確認している。
ゴウはしばらく監視を続けた。
そして。
太狼国へ戻った。
「ゴウ、どうだった?」
『四百人くらいの奴隷兵と、百人くらいの強そうな兵士がいた』
「五百人か」
『でも、まだ何かを待ってるみたい』
「本隊を待っているのかもしれないな」
『そうかも』
ゴウは尻尾を振った。
『じゃあ、また行ってきます!』
「気をつけろよ」
『任せて!』
ゴウは再び黒山へ走っていった。
一方。
太狼街では。
捕らえた奴隷兵たちが、配られた食事を前にして困惑していた。
「……こんなに食べていいのか?」
彼らの前には、十分な量の食事が並んでいる。
しかし。
誰もすぐには手をつけなかった。
それほどまでに、彼らは食事を与えられていなかった。
「俺たちは、まともに飯をもらっていなかった」
「腹が減って仕方がない」
「このままじゃ、本当に死んじまう」
男たちが嘆く。
それを聞いたタカシが、彼らの前に立った。
「お前ら」
奴隷兵たちが顔を上げる。
「腹いっぱい食いたいか?」
「食いたいに決まってるだろ!」
一人の男が叫んだ。
「俺たちは何日も、まともに食ってないんだ!」
「そうか」
タカシは頷いた。
「なら、お前ら」
タカシは続ける。
「この国で働けるか?」
奴隷兵たちは顔を見合わせた。
一人の男が立ち上がった。
「働く!」
「え?」
「このまま餓死するくらいなら、働く!」
別の男も声を上げた。
「俺もだ!」
「俺も働く!」
「飯を食わせてもらえるなら、働く!」
次々と声が上がる。
タカシは頷いた。
「分かった」
「今日から、お前たちは奴隷じゃない」
男たちが驚く。
「太狼国で働いてもらう」
その言葉に、何人かの男が涙を流した。
しかし。
一人の男が俯いた。
「……でも」
「どうした?」
「黒山街に、家族がいる」
その言葉に、他の男たちも黙った。
「妻がいる」
「子供がいる」
「親もいるんだ」
タカシはしばらく黙っていた。
そして。
「分かった」
「いつか、家族を取り戻そう」
男たちはタカシを見る。
「本当か?」
「ああ」
「ただし、今は無理だ」
「敵が動き始めている」
タカシは黒山の方向を見る。
「まずは、俺たちが生き残る」
「そして強くなる」
「その後で、お前たちの家族を取り戻す」
男たちは黙って頷いた。
その日の夜。
タカシはクロベを呼んだ。
「鉄武器の生産を急いでくれ」
「どれくらい必要ですか?」
「作れるだけ作る」
「それと」
タカシは続けた。
「丸盾も増やしてくれ」
「盾ですか?」
「ああ」
タカシは城壁前の広場を見る。
「ここを戦場にする」
クロベが広場を見る。
「罠を作るんですね」
「そうだ」
タカシは長い紐を持ってきた。
「地面に何本も張る」
「そして、遠くからこの紐を引く」
タカシが紐を引っ張る。
地面に張られていた別の紐が動いた。
「兵士が走ってきたところで、一気に引く」
クロベが仕掛けを見る。
「足元が紐だらけになりますね」
「ああ」
「走ってくる兵士は、避けられない」
タカシは頷いた。
「転んでもらう」
クロベが笑った。
「なるほど」
城壁前の広場。
そこに大量の紐を張り巡らせる。
敵が一斉に突撃してくれば。
足を取られ。
次々に転ぶ。
その瞬間を狙って。
太狼国の兵士が攻撃する。
「鉄武器」
「丸盾」
「そして罠」
タカシは準備を進めていく。
敵が何人いるのか。
いつ来るのか。
まだ分からない。
だが。
太狼国は。
ただ待っているわけではなかった。
敵が動く前に。
太狼国もまた。
戦いの準備を始めていた。




