第74話 一番戦士ライラ
城門が開いた。
その瞬間だった。
「行くぞおおおおお!」
真っ先に飛び出したのは、ライラだった。
両手には二本の鉄の刀。
月明かりと、燃え盛る輜重の炎が、二本の刃を赤く照らしている。
ライラは、誰よりも速かった。
太狼軍の二百人を置き去りにするほどの勢いで、黒山軍へ向かって走る。
「ライラ!」
タカシが思わず叫ぶ。
しかし。
ライラは止まらない。
敵軍の前方。
まだ比較的整然と隊列を保っている、黒い装備の兵士たちへ向かっていった。
「名のある将はいるかああああ!」
ライラの声が、夜の戦場に響く。
「我と立ち会ええええ!」
その声に。
黒い鎧の兵士たちがざわめいた。
「なんだ?」
「女だぞ!」
「一人で来たのか?」
その時。
黒山軍の中央。
本営らしい大きな幕舎の布が揺れた。
バサッ。
中から。
のそり。
のそりと。
一人の大男が現れた。
「……でかいな」
遠くから見ていたタカシが呟く。
身長は、キバオウよりも大きい。
肩幅も広い。
腕は丸太のようだった。
そして。
その手には。
巨大な石の棒が握られている。
槍ではない。
剣でもない。
太い木に、大きな石を固定した。
巨大な棍棒だった。
「うわ」
アグニが呟く。
「あれに殴られたら死ぬな」
しかし。
幕舎から出てきたのは、大男だけではなかった。
その横から。
もう一人。
小さな男が出てきた。
「……小さいな」
タカシが言う。
大男とは正反対だった。
体は細い。
背も低い。
武器も持っていないように見える。
しかし。
その男は。
周囲を一度見回すと。
大男の方を見た。
そして。
顎を動かした。
行け。
そう命じたのだ。
大男は。
黙って頷いた。
「……なるほど」
クロベが呟いた。
「何だ?」
タカシが聞く。
「あの小さい男」
「指揮官かもしれません」
タカシも、小さな男を見る。
戦場が混乱している。
後方では。
輜重が燃えている。
兵士たちは逃げ惑っている。
狼の遠吠え。
不気味な雄叫び。
盾を打ち鳴らす音。
それでも。
あの小さな男は。
慌てていなかった。
静かだった。
「気をつけた方がいいな」
タカシは呟いた。
一方。
ライラは。
大男の前まで歩いていった。
周囲では戦争が始まっている。
太狼軍。
黒山軍。
兵士たちがぶつかる。
槍の音。
盾の音。
叫び声。
しかし。
二人の周囲だけ。
不思議な空間ができていた。
ライラは。
両手の刀を構える。
「我が名は!」
大きく息を吸う。
「太狼国一番戦士!」
「ライラ!」
その声に。
少し離れた場所から。
「一番は俺だろ!」
という声が聞こえた。
リグだった。
鉄の槍を持ち。
敵兵へ突っ込みながら笑っている。
「はははは!」
リグは敵兵を押しのける。
「勝手に一番になるな!」
「うるさい!」
ライラが叫んだ。
「今は私だ!」
「後で決めようぜ!」
「お前、生きてたらな!」
「そっちこそ!」
二人は笑っていた。
戦場だというのに。
まるで。
いつもの喧嘩だった。
大男が前へ出る。
ズシン。
一歩。
地面が沈む。
ライラは笑った。
「名乗れ!」
大男は。
巨大な石の棒を肩に担いだ。
そして。
腹の底から声を出す。
「我が名は!」
ズシン!
「黒山兵団!」
ズシン!
「一番隊長!」
石の棒を両手で握る。
「ニュードー!」
「いざ!」
その瞬間。
ライラが地面を蹴った。
速い。
ニュードーが石の棒を振り上げる。
「うおおおおお!」
ブン!
巨大な石の棒が。
ライラの頭へ振り下ろされる。
しかし。
そこにライラはいなかった。
「何!?」
ドガン!
石の棒が地面に叩きつけられる。
土が飛び散った。
ライラは。
横へ飛んでいた。
「遅い!」
シュッ!
右手の刀が走る。
ニュードーの脇腹。
しかし。
ガキン!
「!?」
刀が弾かれた。
「硬い!」
ニュードーは。
分厚い皮を何重にも重ねた防具を着ていた。
「なら!」
ライラが左手の刀を振る。
シュッ!
今度は首。
ニュードーが石の棒を振る。
ガン!
二本の武器がぶつかった。
火花が飛ぶ。
「小さい!」
ニュードーが叫んだ。
「すばしっこいだけか!」
「大きいだけか!」
ライラが笑う。
「その鈍い武器で!私に当たると思うな!」
「ぬうううう!」
ニュードーが怒る。
石の棒を横へ振る。
ブン!
ライラが跳ぶ。
風圧。
髪が揺れた。
「おっと!」
着地。
すぐに走る。
ニュードーの背後へ回る。
しかし。
ニュードーは振り返らない。
「何?」
ライラが一瞬、疑問に思った。
次の瞬間。
ニュードーが。
後ろへ石の棒を突き出した。
「なっ!」
ドン!
ライラが。
刀を交差させて防ぐ。
しかし。
力が違った。
「くっ!」
ライラの身体が後ろへ飛ぶ。
地面を転がった。
ズザザザッ!
太狼軍の兵士が叫ぶ。
「ライラ!」
「大丈夫か!」
ライラは。
すぐに立ち上がった。
「大丈夫!」
口元から血が少し流れている。
しかし。
笑っていた。
「強いな!」
ニュードーも。
ライラを見ていた。
「貴様もな」
二人が。
再び構える。
その周囲では。
誰も二人を見ていなかった。
いや。
見る余裕などなかった。
後方では。
キバオウの百人が暴れている。
燃え上がる五台の輜重。
逃げ惑う黒山軍。
太狼軍二百人も。
城門から飛び出していた。
「おおおおおおおおおおお!」
「おおおおおおおおおおおおお!」
不気味な声。
盾を打ち鳴らす音。
狼の遠吠え。
黒山軍の後方は。
完全なパニックだった。
「逃げろ!」
「後ろから敵が!」
「狼だ!」
「火を消せ!」
「誰か火を消せ!」
「食料が!」
「敵が来た!」
「どこだ!?」
「分からん!」
「味方を刺すな!」
「うわあああ!」
完全に崩壊している。
しかし。
黒山軍の先頭。
黒い装備を身につけた正規兵の一部は。
まだ冷静だった。
「動くな!」
「隊列を維持しろ!」
「盾を前へ!」
黒い盾が並ぶ。
槍が前へ出る。
「後方はどうなっている!?」
「分かりません!」
「狼は!?」
「周囲にいます!」
「何頭だ!?」
「分かりません!」
それでも。
彼らは逃げなかった。
「さすが正規兵だな」
タカシは前方を見て呟いた。
「はい」
クロベが頷く。
「あそこは崩れません」
タカシの表情が変わる。
「なら」
「どうします?」
タカシは。
前方を指差した。
「正面から叩く」
「正規兵を?」
「ああ」
クロベは少し驚いた。
「相手はまだ三百人ほどいます」
「分かってる」
「こちらは二百人です」
「分かってる」
「武器の質は?」
タカシは笑った。
「俺たちの方が上だ」
クロベも。
笑った。
「そうでした」
タカシは槍を握った。
そして。
前へ出る。
「太狼軍!」
周囲の兵士たちが。
タカシを見る。
「正面の黒い兵士を見ろ!」
「はい!」
「あれが敵の本物の兵士だ!」
タカシは叫ぶ。
「奴らを倒せば!」
「黒山軍は終わる!」
戦士たちの目が変わる。
「槍を構えろ!」
二百人が。
一斉に槍を構える。
「行くぞ!」
タカシが。
槍を前へ向けた。
「太狼国!」
全員が叫ぶ。
「おおおおおおおおおおおお!」
「突撃!」
二百人が走り出した。
その一方。
戦場の端では。
ライラとニュードー。
二人の戦いが続いていた。
ニュードーが石の棒を構える。
「女」
「なんだ!」
「貴様」
「強いな」
ライラが笑う。
「今さらか!」
「だが」
ニュードーの目が変わった。
「俺も」
石の棒を握る手に力が入る。
「一番隊長だ」
ライラも。
二本の刀を構え直す。
「なら」
笑う。
「一番同士」
「どっちが強いか!」
二人が。
同時に地面を蹴った。




