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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第73話 闇夜の狼と炎


 二日目の深夜。

 黒山軍の野営地は、静まり返っていた。

 焚き火の周りでは、見張りの兵士が眠気と戦っている。

 千人もの兵士がいるとはいえ、二日間。

 何も起きなかった。

 太狼村は城壁の中に閉じこもったままだ。

「本当に戦う気があるのか?」

「三日待てと言ったからな」

「従属するか、逃げるかだろう」

 そんな声も聞こえていた。

 黒山軍の兵士たちは、次第に緊張を失っていた。

 その時だった。

 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

「!?」

 一匹の狼の遠吠えが、夜の闇を切り裂いた。

 兵士たちが一斉に顔を上げる。

「なんだ!?」

 そして。

 ウォオオオオオオオオオオオン!

 別の方向から。

 さらに。

 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオン!

「狼?」

「狼だ!」

「狼がいるぞ!」

 兵士たちが慌てて立ち上がる。

 眠っていた者たちも、次々と目を覚ました。

「何頭いる!?」

「分からない!」

 周囲は真っ暗だった。

 焚き火の光が届く範囲など、わずかしかない。

 兵士の一人が。

 森の方を見た。

「……おい」

「どうした?」

「あれ」

 指差す。

 暗闇の中。

 赤い光が見えた。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

「……目?」

「狼の目だ!」

「こっちにもいるぞ!」

 兵士たちが叫ぶ。

 周囲を見回す。

 赤い目。

 赤い目。

 赤い目。

 暗闇の中に、無数の赤い光が浮かんでいた。

「狼だ!」

「狼がいる!」

「何頭いるんだ!?」

 兵士たちの声が大きくなる。

 前方。

 右。

 左。

 森のあちこちから遠吠えが聞こえる。

 ウォオオオオオオオオオオオン!

「囲まれているぞ!」

「落ち着け!」

 正規兵らしい男が叫んだ。

「狼ごときで騒ぐな!」

 しかし。

 その直後だった。

 ヒュン!

「ん?」

 夜空を。

 何かが飛んだ。

 兵士が顔を上げる。

「何だ?」

 次の瞬間。

 ドスッ!

 後方から。

 音が聞こえた。

「……何?」

 ヒュン!

 また。

 何かが飛んでくる。

 ドスッ!

 そして。

 ボウッ!

 炎が上がった。

「火?」

「火だ!」

 後方の兵士が叫ぶ。

 一本の矢が。

 荷車に突き刺さっていた。

 その矢の先端には、火がついている。

「火矢だ!」

「敵襲!」

「後ろだ!」

 ヒュン!

 ヒュン!

 ヒュン!

 次々と火矢が飛んだ。

 ドスッ!

 ボウッ!

 ドスッ!

 ボウッ!

「うわああああ!」

「輜重が燃えている!」

「食料だぞ!」

 荷車。

 一台。

 二台。

 三台。

 そして。

 五台。

 全ての輜重が燃え始めた。

 炎が夜空を赤く照らす。

 兵士たちは、ようやく後方を見ることができた。

 しかし。

 それがさらに混乱を大きくした。

「誰だ!?」

「敵はどこだ!?」

「何人いる!?」

 炎の向こう。

 人影が見える。

 一人。

 二人。

 いや。

「百人以上いるぞ!」

「後ろから敵だ!」

 黒山軍の兵士たちが叫んだ。

 しかし。

 その瞬間。

 ドン!

 ドン!

 ドン!

 別の音が聞こえた。

「なんだ?」

 ドン!

 ドン!

 ドン!

 盾だった。

 鉄の武器で。

 盾を叩いている。

 ガン!

 ガン!

 ガン!

 ガン!

 ガン!

 激しい金属音。

 それが。

 一方向からではない。

 あちこちから聞こえてくる。

 さらに。

 ドドドドドドドドドドドド!

 足音。

「な、何だ?」

「敵が来る!」

「何人いる!?」

 そして。

 声が聞こえた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「……?」

 一人の兵士が固まった。

 何の声だ?

 叫び声ではない。

 雄叫び?

 しかし。

 普通の雄叫びではなかった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 息が続く限り。

 ひたすら。

 おおおおおおおおおお!

「おおおおおおおおおおおおお!」

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 前。

 右。

 左。

 後ろ。

 あちこちから。

 不気味な声が聞こえる。

 黒山軍の兵士たちは、完全に理解できなくなっていた。

「何だ!?」

「何の声だ!?」

「敵の軍だ!」

「何人いるんだ!?」

「分からない!」

 その声は。

 少し前。

 タカシが思い出したものだった。

 地元の神社。

 祭りの日。

 神様を神輿に入れる時。

 神主が発する、独特の声。

 低く。

 長く。

 腹の底から響く。

「おおおおおおおおおおおおお!」

 タカシは、それを思い出した。

「これだ」

「何がです?」

 クロベが聞いた。

「これを全員でやる」

「え?」

「敵を怖がらせる」

「……声で?」

「ああ」

 そして。

 太狼村の戦士たちは練習した。

「もっと長く!」

「おおおおおおおおおお!」

「腹から!」

「おおおおおおおおおおおお!」

「息が続くまで!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 その結果。

 深夜の戦場では。

 不気味極まりない声になった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 狼の遠吠え。

 赤く光る目。

 後方で燃える炎。

 盾を打ち鳴らす音。

 激しい足音。

 そして。

 正体不明の雄叫び。

 黒山軍の兵士たちは。

 何が起きているのか。

 まったく理解できなかった。

「敵は何人だ!?」

「分からない!」

「狼もいるぞ!」

「後ろが燃えている!」

「こっちにも敵がいる!」

「逃げろ!」

「待て!」

「隊列を崩すな!」

 しかし。

 一人の兵士が走った。

 その兵士につられて。

 もう一人。

「逃げるぞ!」

「敵が来る!」

「どこへ!?」

「知らん!」

「とにかく逃げろ!」

 その時。

 後方で。

「突撃!」

 キバオウの声が響いた。

「おおおおおおおおおおおお!」

 百人の精鋭が。

 一斉に走り出した。

 黒山軍の後方。

 すでに輜重は燃えている。

 そこにいた兵士たちは。

 火を消そうとしていた。

 その背後から。

 太狼連合軍が襲いかかった。

「敵だあああ!」

「後ろだ!」

 キバオウが。

 鉄の槍を突き出す。

 一人。

 二人。

 三人。

 相手が倒れる。

 まるで。

 金魚すくいだった。

 槍を出す。

 引く。

 次の敵へ。

 また。

 突く。

「うおおおおおお!」

 キバオウは止まらない。

 鉄の槍は。

 石の槍とは違う。

 相手の防具を貫く。

 木の盾を壊す。

 黒山軍の兵士たちは。

 後方から突然現れた敵に対応できなかった。

「後ろから来たぞ!」

「何人いる!?」

「百人以上だ!」

「いや!」

「もっといる!」

 炎の影。

 闇。

 走り回る兵士。

 敵の数など。

 正確に数えられるわけがない。

 百人が。

 二百人に見える。

 二百人が。

 五百人に見える。

「囲まれた!」

「逃げろ!」

「待て!」

「味方だ!」

「うわあああ!」

 槍を振り回した兵士が。

 味方の兵士を傷つけた。

「何をする!」

「敵だと思った!」

「俺は味方だ!」

「うるさい!」

 完全なパニックだった。

 そして。

 その様子を。

 遠くの城壁から。

 タカシは見ていた。

 燃え上がる五台の輜重。

「成功したな」

 クロベが隣で言った。

「ああ」

 タカシは頷く。

「ここからだ」

「はい」

 炎が。

 さらに大きくなった。

 夜空を赤く染める。

 タカシは。

 ゆっくりと手を上げた。

 城門の前には。

 二百人の戦士。

 全員が。

 鉄の武器を持っている。

 そして。

 盾を持っていた。

「行くぞ」

 タカシが言った。

「これで」

 一瞬。

 目を閉じる。

「黒山軍を終わらせる」

 手を振り下ろした。

「城門を開けろ!」

 ギギギギギギギギギ。

 巨大な城門が。

 ゆっくりと開き始めた。

 その向こうには。

 炎。

 狼。

 そして。

 混乱する千人の軍勢。

「全軍!」

 タカシが叫んだ。

「出撃!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 二百人の戦士が。

 闇夜へと走り出した。



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