第68話 海獣大戦
アグニは、帆を斜めに張っていた。
「くそ……風が弱い!」
陸から吹いてくる風。
そのままでは帰れない。
アグニは帆の角度を何度も調整する。
少しでも横から風を受けるようにする。
船がゆっくりと向きを変える。
ザザーン……。
オロチとは、もう三十メートルほど離れていた。
「このまま帰れればいいんだが……」
アグニが振り返る。
巨大なオロチが海の上で、ゆっくりと体をくねらせている。
八つの切断された首を引きずっていた。
その時だった。
海面が。
ボコッ。
小さく盛り上がった。
「……?」
アグニが目を細める。
ボコッ。
また盛り上がる。
そして。
ザバァァァン!
「なっ!」
海面から巨大な影が飛び出した。
ドォン!
オロチの死んだ首に噛みつく。
ズブッ!
巨大な牙が首へ食い込んだ。
「海竜……!」
アグニの顔が引きつる。
その大きさ。
およそ十五メートル。
船とほぼ同じほどの巨大な海竜だった。
長い体。
巨大な顎。
海面から姿を現したその影だけで、船を覆い隠すほどだった。
「なんて大きさだ……」
アグニが呟く。
しかし。
それだけではなかった。
海面の下。
別の影が動いた。
さらに。
もう一つ。
また一つ。
「……嘘だろ」
海中が黒くなる。
一匹ではない。
二匹。
三匹。
四匹。
五匹ほどいる。
海竜の巨大な体が海中を動き回り、太陽の光を遮っている。
まるで海そのものが黒くなったようだった。
ザバァァン!
別の海竜が浮上する。
オロチの死んだ首に噛みついた。
バキッ!
骨が砕ける音が響く。
オロチが反応する。
グオオオオオッ!
残った元首が海面へ潜った。
ザバン!
次の瞬間。
海竜の横腹へ噛みついた。
ガブッ!
海竜が暴れる。
バシャァァン!
巨大な波が発生する。
アグニの船が大きく揺れた。
「うわっ!」
アグニが船縁を掴む。
「なんだこの化け物どもは!」
オロチがさらに噛みつく。
そして。
ブシュッ!
海竜の体から血が流れた。
海竜が大きくのけ反る。
毒。
オロチの牙には毒がある。
海竜の動きが鈍る。
そのまま海面へ浮かび上がってきた。
「毒まであるのか……!」
アグニは目を疑う。
だが。
海竜は一匹ではない。
仲間が次々と襲いかかる。
ザバン!
ザバァン!
ズドン!
オロチの八つの死んだ首が、次々と海中へ引きずり込まれる。
ガブッ!
ガブッ!
バキッ!
巨大な海竜が食らいつく。
オロチも反撃する。
噛みつく。
締め付ける。
海へ引きずり込む。
海竜が暴れる。
オロチも暴れる。
巨大な尾が海面を叩く。
ドォォォン!
巨大な波が船へ押し寄せる。
「うわぁぁぁ!」
アグニが船の中へ転がる。
船が大きく傾く。
「沈むなよ!」
必死に船を立て直す。
だが。
目の前の光景は、それどころではなかった。
オロチの体から。
一つ。
また一つ。
足手まといになっていた死んだ首が消えていく。
海竜たちに食われていく。
それと同時に。
オロチの動きが軽くなっていく。
「……まさか」
アグニが呟く。
オロチは。
強くなっていた。
八つの首が邪魔をしていた時とは違う。
海中を自由に動き始めている。
海竜の一匹が噛みつく。
オロチがかわす。
反対側から別の海竜。
オロチが潜る。
そして。
ガブッ!
海竜へ噛みつく。
毒が回る。
海竜が暴れる。
その巨体が海面へ浮かぶ。
そこへ別の海竜が突っ込む。
ドォォォン!
海面が爆発したように盛り上がる。
アグニは。
腰が抜けそうになった。
「なんだよ……これ……」
十五メートル級の海竜が何匹もいる。
三十メートルのオロチがいる。
海面は荒れ狂い。
巨大な影がぶつかり合う。
噛みつく。
潜る。
浮かぶ。
叩きつける。
海そのものが戦場になっていた。
「怪獣……大戦じゃねぇか……」
アグニは船の上で呆然とする。
そして。
遠くの海岸からこの光景を見ていたタカシたちも。
「……」
誰一人。
言葉を発することができなかった。
タカシがようやく口を開く。
「……何がおこってるんだ?」
クロベが答える。
「ここからではわかりませんね」
「俺たち……」
タカシは海を見つめる。
「とんでもないものを海に放り込んだんじゃないか?」
クロベは。
珍しく答えられなかった。




