第63話 音を奪え
ズズズズズ……。
オロチが城壁へ近づいてくる。
高さ三メートル。
白き谷を守る石積みの城壁。
その壁を見上げるように、オロチの巨大な頭が持ち上がった。
「来るぞ!」
牙王たち戦士が木の盾を構える。
「押し返せ!」
オロチが城壁へ体をぶつける。
ドォォォン!
城壁全体が揺れた。
さらに巨大な体を持ち上げる。
そして。
ズルッ!
頭が三メートルの壁を越えようとした。
「今だ!」
牙王たちが一斉に盾を構える。
「うおおおお!」
だが。
力が違った。
ドンッ!
「ぐあっ!」
「うわぁ!」
戦士たちが次々と吹き飛ばされる。
盾が宙を舞う。
数人が城壁の内側へ転がった。
「牙王!」
タカシが叫ぶ。
その時だった。
耳元に小さな声がした。
『タカシ。』
白狐のシロだった。
「シロ?」
『蛇は、振動を襲う。』
「振動?」
『音というより、地面から伝わるものを感じている。』
タカシはオロチを見る。
確かに。
目はほとんど使えていない。
焼いた時の煤がこびりついている。
その上、酒に酔っている。
『それと。』
シロが続ける。
『嫌いな匂いがあるよ。』
「何だ?」
『分からない。』
シロは首を傾げる。
『大蒜とか、唐辛子とかかな。』
タカシの頭に一つの考えが浮かんだ。
「匂いか……」
だが今は、それを探している時間がない。
「ユキ!」
タカシが叫ぶ。
すると遠くから狼が振り向いた。
「ハヤテ!」
「ゴウ!」
「コマ!」
四頭が駆け寄ってくる。
「嫌いな匂いを探してくれ!」
狼たちは一瞬顔を見合わせる。
『分かった!』
ユキが答えた。
四頭はすぐに城壁を飛び越えた。
ダッ!
ダッ!
ダッ!
ダッ!
猛烈な速度で走り去っていく。
その足音。
ドドドドドッ!
オロチの頭が反応した。
グルン!
巨大な頭が突然、後ろを向いた。
「……!」
タカシは目を見開く。
そして気付いた。
「全員止まれ!」
兵士たちが動きを止める。
「動くな!」
「音を出すな!」
城壁の上が一瞬で静寂に包まれた。
オロチは首を伸ばす。
何かを探している。
さっき聞こえた足音。
あれはどこだ?
巨大な頭が左右へ揺れる。
しかし見えない。
匂いも分からない。
音もない。
オロチは混乱していた。
さっきまで前にいたはずだ。
なのに。
いない。
後ろから足音がした。
しかし敵は前にいたはず。
おかしい。
オロチはしばらく動かなかった。
そして。
ズル……。
少しだけ後退した。
ズルズル……。
さらに下がる。
やがて巨大な体を丸め始めた。
グルグル。
グルグル。
長大な体が地面へ巻き付いていく。
とぐろを巻いた。
タカシは息を殺したまま、それを見つめる。
クロベが小声で言った。
「……迷っていますね。」
タカシも小さく頷く。
「ああ。」
目が見えない。
音もない。
敵の位置も分からない。
オロチにとって、今の世界は完全な暗闇だった。
そして。
タカシは思った。
「だったら……」
ここからだ。
武器で倒すだけじゃない。
敵の感覚そのものを奪えばいい。
その時。
遠くから。
ハヤテたちの足音が、ほんの少しだけ聞こえた。
タカシは耳を澄ませる。
そして。
新たな作戦を思いついた。




