第59話 九つの首と九つの樽
シロガネとユキは、必死に走っていた。
後ろから聞こえる。
ドドドドドドッ!
木々が次々となぎ倒されていく。
九つ首の大蛇が追ってくる。
『もう少しだ!』
ユキが叫ぶ。
『酒の匂いがする!』
シロガネも鼻を鳴らす。
『ああ。近い!』
二頭はさらに速度を上げた。
その頃。
大蛇の動きに変化が起きた。
九つの首が一斉に上を向く。
シュルシュル。
長い舌が空気を探る。
そして。
ぴたり。
一つの首が止まった。
酒の匂い。
大蛇にとって初めて嗅ぐ、不思議な匂いだった。
甘い。
刺激的。
そして妙に食欲をそそる。
首が左右を見回す。
木々の向こう。
何かがある。
さらに進む。
すると。
あった。
大きな樽。
しかも中から強烈な酒の匂いがする。
大蛇の一つの首が飛びついた。
ガブッ!
樽を牙で噛み砕く。
酒が一気に流れ出す。
ごくごくごくごく!
ものすごい勢いで飲み始めた。
ところが。
別の首がそれに気付く。
『なんだそれは!』
もちろん人間には聞こえない。
しかし九つの首は互いに競い合うように動いた。
一つの首が樽を独占する。
別の首が横から奪おうとする。
ガブッ!
さらに別の首が噛みつく。
樽がひしゃげる。
酒が飛び散る。
すると。
少し離れた場所に別の樽が見えた。
別の首がそちらへ向く。
さらにもう一つ。
さらにもう一つ。
九つ。
全部で九つ。
まるで最初から九つの首のために用意されていたかのように、酒樽が並んでいる。
九つの首が、それぞれ別々の樽へ向かった。
そして。
ガブッ!
バキッ!
樽が破壊される。
ドバドバドバ!
大量の酒が流れ出す。
九つの首が一斉に飲み始めた。
ごくごくごくごく!
ごくごくごくごく!
ごくごくごくごく!
凄まじい光景だった。
首同士が互いの樽を奪おうとして、体が大きく左右に引っ張られる。
それでも離れない。
九つの首が、まるで酒を奪い合うように必死で飲んでいる。
タカシたちは遠くの岩陰から、その様子を見ていた。
「……飲んでる」
リグが呟く。
「飲んでますね」
クロベも目を丸くする。
ライナが笑った。
「本当に飲むとはな」
タカシはまだ緊張していた。
「喜ぶのは早い」
九つ首の大蛇は、まだ飲み続けている。
巨大な体に酒が入っていく。
一本。
二本。
三本。
樽が空になる。
それでも止まらない。
四本。
五本。
六本。
そして。
七本。
八本。
最後の一本まで空になった。
大蛇は九つの首をゆっくり持ち上げる。
舌を出す。
シュルルル。
しばらく辺りを見回していた。
タカシは息を止めた。
まだ立っている。
眠らない。
まさか酒が効かないのか。
その時。
一つの首が大きく揺れた。
ふらっ。
別の首も。
ふらっ。
九つ全部が。
ふら。
ふら。
ふら。
巨大な体が左右に揺れ始める。
タカシの目が見開かれた。
「……効いた」
クロベが静かに頷く。
「作戦開始です」
九つの首が、ゆっくりと地面へ倒れていく。
ズズン。
大地が揺れた。
そして。
九つの目が。
同時に閉じた。




