第57話 命を懸けた囮
作戦は決まった。
酒を飲ませる。
眠らせる。
九つの首を一斉に討つ。
だが。
一番大きな問題が残っていた。
「どうやって谷まで誘導する?」
会議室は再び静まり返る。
ライナが腕を組む。
「人間が囮になるか?」
リグが首を振る。
「追いつかれて終わりだ。」
キバオウも渋い顔をする。
「三十メートルの怪物だぞ。」
誰も名乗り出ない。
その時だった。
会議場の外から遠吠えが聞こえた。
ユキだった。
その隣にはシロガネ。
タカシは外へ出る。
動物たちは人間たちから少し離れた場所に集まった。
『俺たちが行く。』
シロガネが真っ直ぐタカシを見つめる。
「駄目だ。」
即答だった。
『最後まで聞け。』
タカシは黙る。
『俺たちは速い。』
『山も走れる。』
『目立つ。』
『あいつが追うなら、人間より俺たちだ。』
ユキも前へ出た。
『俺はシロガネの背中に乗る。』
『後ろを見ながら進路を教える。』
『谷まで誘導する。』
タカシは首を横に振った。
「危険すぎる。」
『危険なのは分かってる。』
シロガネが鼻を鳴らした。
『だから俺たちなんだ。』
『人間じゃ追いつかれる。』
タカシは何も言えない。
シロガネはゆっくり近づいてきた。
『非常になれ。』
「……。」
『群れの長だろ。』
その一言が胸に刺さる。
『長は仲間を信じるものだ。』
ユキも頷く。
『必ず戻る。』
タカシは拳を握り締めた。
長い沈黙。
やがて、ゆっくり顔を上げる。
「……分かった。」
二頭が静かに頷いた。
『任せろ。』
その日のうちに準備が始まる。
谷の中央。
獣が必ず通る細い道。
そこへ酒樽が運び込まれた。
一樽。
二樽。
三樽。
五樽。
七樽。
そして九樽目。
全部で九樽。
そして、獣の肉も置く。
九つの首へ、一樽ずつおつまみつき。
アグニは名残惜しそうに酒樽を撫でた。
「全部飲まれるのか……。」
リグが肩を叩く。
「生き残ったら、また造ればいい。」
夕暮れ。
谷には酒の香りが漂っていた。
シロガネは谷を見渡し、静かに息を吐く。
『行くぞ。』
ユキが背中へ飛び乗る。
『必ず成功させよう。』
二頭は黒い山へ向かって駆け出した。
人類の命運を背負って。




