第54話 九つ首の大蛇
黒い山。
燃え続ける森。
立ち上る黒煙。
その奥で。
ゴゴゴゴゴ……
岩肌が揺れた。
大地が裂ける。
巨大な岩壁が内側から押し上げられていた。
バキバキバキッ!
岩が砕ける。
木々が倒れる。
その時だった。
巨大な黒い頭が一つ現れた。
黄色い瞳。
人間など一飲みにできるほどの口。
長く割れた舌。
しかし、それだけでは終わらない。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
五つ目。
六つ目。
七つ目。
八つ目。
そして九つ目。
九本の首を持つ巨大な蛇だった。
その体は山の斜面を埋め尽くすほど長い。
まるで山そのものが生き物になったようだった。
一頭の鹿を見つける。
逃げる間もない。
九つの口が一斉に襲いかかった。
一瞬だった。
骨すら残らない。
斥候の一人が、それを岩陰から見ていた。
「……」
声も出ない。
体が震える。
槍を握る手から力が抜けた。
カラン……
槍が転がる。
九つの首が一斉にこちらを向いた。
「ひっ……!」
目が合った。
斥候は我に返る。
「うわあああああっ!」
夢中で走った。
木にぶつかる。
転ぶ。
起き上がる。
また走る。
涙も鼻水も構わない。
「化け物だぁぁぁ!」
村まで止まらなかった。
その頃。
白き谷では。
鍛冶場に人だかりができていた。
タカシ。
ゴルド。
クロベ。
リグ。
ライナ。
シリカ。
全員が息をのんで見守っている。
真っ赤に焼けた鉄。
何度も叩き。
折り返し。
また叩く。
冷やす。
研ぐ。
最後の仕上げ。
タカシが静かに持ち上げた。
細く。
美しい反り。
陽の光を受けて銀色に輝く。
「できた……」
白き谷、初の鉄刀だった。
リグが目を丸くする。
「細いのに軽いな」
ライナも受け取る。
「槍より扱いやすそうだ」
タカシは近くの草むらへ歩いた。
「試してみる」
腰を落とす。
ゆっくり振る。
シュン。
音がした。
一瞬遅れて。
目の前の草が一斉に滑り落ちた。
スパッ。
切り口は驚くほど美しい。
シリカが歓声を上げる。
「すごい!」
ゴルドも目を輝かせる。
「石では絶対にできません!」
タカシは刀身を見つめた。
「名前を付けよう」
クロベが嬉しそうに聞く。
「何という名ですか?」
タカシは微笑んだ。
「草薙の刀」
その名を聞き、皆が頷いた。
「草を薙ぐ刀か」
「ぴったりですね」
その時だった。
「た、大変ですぅぅぅ!」
村の入口から叫び声が響いた。
一人の斥候が転がるように飛び込んできた。
顔は真っ青。
全身泥だらけ。
肩で息をしている。
その場に崩れ落ちた。
クロベが駆け寄る。
「どうした!」
斥候は震える指で北を指差した。
「黒い山……」
誰もが息を呑む。
「山から……」
喉が震えて言葉にならない。
「九つ……」
タカシが肩を掴む。
「落ち着け!」
斥候は涙を流しながら叫んだ。
「九つ首の大蛇が出ましたぁぁぁ!!」
広場が静まり返る。
ライナの表情が消える。
リグが握った拳に力を込める。
シリカの顔が青ざめた。
タカシは静かに、完成したばかりの草薙の刀を握り締めた。
黒い山。
火山。
そして九つ首の怪物。
人類最大の戦いが、今まさに始まろうとしていた。




