第44話 土と殻
暖かかった。
雪が少しずつ消えていく。
白き谷の地面が見え始めていた。
子供たちが走る。
水が流れる。
空気が変わっていく。
そんなある日。
アグニが川辺から戻ってきた。
『見ろォ!』
酔ってはいない。
珍しい。
手には網。
その中で――何かが動いていた。
70センチほど。
平たい。
丸い節。
三つに分かれたような甲殻。
シリカが目を丸くする。
『……なにこれ』
ユキが鼻を近づける。
『変な虫』
シロガネは一歩下がった。
『硬そう』
アグニが笑う。
『川の浅いところにいた!』
俺はじっと見る。
「三葉虫……?」
あり得ない。
いや、この時代ならあり得るのか?
よく見ると、殻が柔らかい。
「脱皮後か?」
アグニが首をかしげる。
『食えそうだな』
その発想が早い。
鍋。
湯。
三葉虫投入。
ぐつぐつ煮る。
周囲が集まる。
シリカが少し嫌そうな顔をする。
『食べるんですか……』
「試す」
生き残るには必要だ。
しばらくして、殻を剥く。
柔らかい。
中から白い身が出てきた。
香り。
海っぽい。
アグニが先に食う。
『……うまっ!?』
目を見開く。
俺も食べる。
――驚いた。
「うまいな」
塩気。
甘み。
弾力。
完全にエビとカニの中間だ。
リグが無言で奪う。
『……これは酒に合う』
「お前そればっかだな」
だが気持ちは分かる。
その日。
三葉虫漁が流行った。
一方で――
別の変化も起きていた。
城壁。
固めた土。
焼かれた泥。
それを見て、一人の男が言った。
『……これで器、作ライナいか?』
沈黙。
そして全員が試し始めた。
泥をこねる。
形を作る。
皿。
器。
壺。
それを火の近くで焼く。
割れる。
崩れる。
また作る。
繰り返す。
そして――
『できた!』
最初の陶器。
歪だ。
だが形になっている。
シリカが感動する。
『すごい……』
水を入れる。
漏ライナい。
肉を置く。
熱くない。
革命だった。
そこから早かった。
住民たちが真似を始める。
窯を作る。
焼く。
競う。
飾る。
もはや祭りだ。
ユナが目を輝かせる。
『布と合わせられます!』
皿の下に布。
壺を包む。
生活感が急激に増す。
子供たちは小さな動物型を作る。
大人たちは保存壺。
酒壺までできた。
リグが歓喜する。
『酒が大量に保存できるぞ!!』
完全にそっち目線だ。
夜。
窯の火が並ぶ。
赤い光。
煙。
人々の笑い声。
クロベが静かに言う。
『あー……始まりましたね』
「何がだ」
『工芸文化です』
ただ生きるだけじゃない。
便利にする。
綺麗にする。
残す。
それが始まっている。
システムが静かに表示する。
【新技術】
・陶器
・焼成窯
・保存壺
・食器文化
【食料資源追加】
・三葉虫(甲殻系)
都市レベル:90% → 96%
ユキが窯を見つめる。
『火、多い』
シロガネも頷く。
『人の匂いが強くなった』
俺は完成した器を持つ。
滑らかだ。
温かい。
ただの土だったもの。
それが――
価値に変わっている。
文明は、こういう小さな“便利”から始まるのかもしライナい。




