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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第4話 最初の巣


 火があるだけで、世界はこんなにも違う。

 ぱち、と薪が爆ぜる音を聞きながら、俺は岩陰にしゃがみ込み、両手を炎にかざしていた。

 さっきまで骨の芯まで凍っていた身体が、少しずつ戻ってくる。

 指先の感覚も、じわじわと蘇ってきた。

「生き返る……」

『死んでたくせに』

 焚き火の向こうで、白狐が前足を舐めながらぼそりと言った。

「うるせえ」

 思わず笑う。

 こいつ、見た目は可愛いのに口が悪い。

 白い毛並みは焚き火に照らされて橙色に染まり、雪の精みたいにも見える。

 だが、当の本人――いや、本狐は、興味なさげに尻尾を丸めていた。

『で、お前。これからどうする』

「まず服だな……」

 俺は腕をさすった。

 火のそばにいるとはいえ、裸のままじゃ話にならない。

 夜を越えても、この先はもっと厳しい。

 凍傷。

 低体温症。

 ここじゃ、油断したら一時間で死ぬ。

 しかも、食料も寝床もゼロだ。

「まず、風を防げる場所。岩陰じゃ足りない」

『穴ならある』

「え?」

 狐が、面倒くさそうに顎をしゃくった。

『山の向こう。岩の腹』

「洞窟か?」

『たぶん』

「たぶんって何だよ」

『暗いから嫌い』

 適当すぎる。

 だが、ありがたい。

 俺は立ち上がり、火を見た。

 この火種は絶対に失えない。

 現代みたいにライターなんてない。

 一から火を起こす体力も、今はない。

 火を運ぶ方法――

「松ぼっくりとか樹皮、あるか?」

 岩陰の周囲を探る。

 幸い、雪の下には乾いた落ち葉や樹皮が少し残っていた。

 俺は太めの枝の先に、燃えやすい素材を巻きつけて簡易松明を作る。

 火を移す。

 ぼっ、と赤い火が宿った。

『お前、器用』

「サバイバルなめんな」

『さばいばる?』

「生き延びるってことだ」

『ふーん。必死だな』

「そりゃそうだろ」

 こっちは命懸けだ。

 だが、狐は小首を傾げるだけだった。

『命なんて、冬が来たらいっぱい消える』

 さらりと、残酷なことを言う。

 でも、それがこの世界の普通なんだろう。

 俺は松明を持ち、深く息を吐いた。

「案内頼む」

『寒いから嫌』

「じゃあ、お前も火なしな」

『行く』

 即答だった。

 現金な狐だ。

 吹雪は少し弱まっていた。

 だが、外に出ると相変わらず刺すように寒い。

 俺は火を庇いながら、狐の後を追った。

 雪原を抜け、岩場を登る。

 足元は滑りやすく、裸足には地獄だった。

「っ……!」

 小石が足裏に刺さる。

 でも、痛みがあるだけマシだ。感覚が残ってる証拠だから。

『そこ、危ない』

「言うの遅ぇ!」

 踏み外しかけて、危うく崖際で踏みとどまる。

 心臓が跳ねる。

 狐は、尻尾を揺らして笑ったように見えた。

『鈍い』

「初対面で性格悪すぎるだろ」

『褒めてる』

「どこがだよ」

 くだらないやり取りをしているうちに、少し気が紛れる。

 ありがたい。

 やがて、岩壁の裂け目のような場所に辿り着いた。

 中は暗い。

 だが、風はない。

「ここか……」

 入口は狭いが、中は広そうだ。

 俺は松明を掲げ、慎重に中へ入った。

 ひんやりとした空気。

 石の匂い。

 そして――

『止まれ』

 狐の声が、鋭くなった。

 俺は足を止める。

「何だ?」

『いる』

 その瞬間。

 奥の暗闇で、ぬらりと二つの光が浮かんだ。

 目だ。

 獣の目。

 低い唸り声が、洞窟の中に響いた。

「……マジかよ」

 狼。

 いや、狼より一回り大きい。

 灰色の毛並み。

 飢えたように浮き出た肋骨。

 黄色い目。

 一匹じゃない。

 奥に、あと二つ。三つ。

 群れだ。

 しかも、子どもがいる。

 母親か。

 そりゃ、警戒もする。

 狼たちが、低く唸る。

 今にも飛びかかってきそうだ。

 俺は喉を鳴らした。

 武器は松明だけ。

 裸。

 体力なし。

 詰んだか?

 だが、その時。

 ふっと、頭の奥に、ざらついた声が響いた。

『……来るな』

「っ!」

 狼の声だった。

 俺は息を呑む。

 そうか。

 敵意がない相手とは、話せる。

 でも、こいつらは今、俺を敵だと思ってる。

 なら――

 敵意を消すしかない。

 俺はゆっくりと、松明を少し下げた。

 決して背を向けない。

 でも、威嚇もしない。

 視線も逸らしすぎない。

 動物相手の基本だ。

「取って食う気はない」

 静かに言う。

「俺も寒くて死にそうなんだ。少しだけ、火を使わせてくれ」

 狼は唸ったまま、じっと俺を見る。

『嘘』

「嘘じゃない」

『人間、嫌い』

「俺も人間、そんな好きじゃない」

 思わず本音が出た。

 狐が、ぷっと吹き出した。

『それ、本音』

「うるさい」

 狼の目が、少しだけ揺れた。

 奥を見る。

 子狼たちが、母親の腹にくっついて震えている。

 寒いのは、こいつらも同じか。

 俺は腰を落とし、ゆっくりと松明を地面に置いた。

「火、あったかいぞ」

 狼たちが身構える。

 でも、俺はそれ以上近づかない。

 ただ、火のそばに座り込んだ。

 疲れて、限界だった。

「……好きにしろ」

 本音だった。

 ここで襲われたら、それまでだ。

 だが。

 しばらくして。

 子狼の一匹が、そろそろと前に出てきた。

 小さな鼻をひくつかせ、火を見つめる。

『……あったかい』

 その声は、驚くほど幼かった。

 俺は思わず、笑った。

「だろ?」

 母狼が唸る。

 でも、その唸りは、さっきより弱い。

 やがて。

 狼たちは、火から少し離れた場所で丸くなった。

 完全には信用してない。

 でも、少なくとも今夜は、俺を食う気はないらしい。

 助かった。

 俺はその場に座り込み、岩壁にもたれた。

 疲れが、どっと押し寄せる。

 白狐が、俺の膝に飛び乗ってきた。

『暖かい』

「お前、ちゃっかりしてんな……」

『賢い』

 そう言って、尻尾を俺の腹にかける。

 ふわふわで、温かかった。

 焚き火の光。

 狼の寝息。

 吹雪を遮る洞窟。

 最低限だけど、ここはもうただの岩穴じゃない。

 今夜だけは、俺の巣だ。

 瞼が、重くなる。

 眠る前、最後に思った。

 熊に殺されて、マンモス時代に来て。

 最初にできた仲間が、口の悪い狐と警戒心の強い狼って。

「……悪くないな」

 白狐が、目を閉じたまま呟く。

『変なやつ』

 火は、静かに揺れていた。

 俺の新しい人生、その最初の夜を守るように。


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