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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第5話 初めての獲物


 目を覚ました時、最初に感じたのは、柔らかい温もりだった。

「……ん?」

 胸の上に、何か乗っている。

 視線を落とすと、白い毛玉が丸まっていた。

 白狐だ。

『起きたか、鈍いの』

「お前、人の胸の上で寝るなよ……」

『暖かい』

 当然のように言う。

 図々しい。

 だが、そのおかげで、昨夜ほど寒くはなかった。

 焚き火は熾火になっていたが、まだ赤い。

 火種は生きている。

「よし……」

 まず、火を絶やさなかった。

 それだけで上出来だ。

 次に、周囲を見る。

 洞窟の奥では、灰色狼の母親がこちらを見ていた。

 黄色い目に、昨日ほどの敵意はない。

 その足元で、三匹の子狼がもぞもぞ動いている。

 小さい。

 犬の子みたいだ。

 そのうちの一匹が、こちらを見て耳をぴくりと動かした。

『あったかい人』

 頭に、幼い声が響く。

 思わず笑った。

「おはよう」

 子狼は、びくっとして母親の腹に隠れた。

 母狼が、低く唸る。

『子に近づくな』

「分かってるよ」

 俺は両手を上げて降参のポーズを取った。

「まずは飯だな……」

 腹が減っていた。

 昨日から何も食ってない。

 このままじゃ、せっかく助かっても動けなくなる。

 白狐が、尻尾を揺らした。

『魚』

「え?」

『下に川ある。凍ってない』

「マジか!」

 川があるなら最高だ。

 水も魚もある。

 問題は――

「服がない」

 俺は自分の裸を見下ろした。

 昨日は火と洞窟でなんとかなったが、外を裸で歩き回るのは自殺行為だ。

 最低限、身体を覆うものがいる。

 俺は洞窟の隅を見回した。

 落ちているのは、枯れ草、苔、折れ枝、獣の抜け毛。

「……いけるか?」

『何する』

「服を作る」

 白狐が、呆れたように目を細めた。

『草で?』

「寒いよりマシだ」

 俺は洞窟の奥の乾いた草を集め始めた。

 狼たちの寝床の端にある古い枯れ草だ。

 母狼が唸る。

『巣を荒らすな』

「少しだけだ。あとで返す」

『返せるのか』

「増やす」

 勢いで言ったが、できるかは知らん。

 でも、こういうのは言い切ったもん勝ちだ。

 草をねじり、編み、束ねる。

 蔓も少し混ぜて、腰巻きと肩掛けにする。

 見た目は最悪だった。

 原始人以下。

 だが、防寒にはなる。

 着てみると、冷気の刺さり方がだいぶ違う。

「……よし。文明レベル0.5くらいだな」

『変』

「うるせえ」

 白狐が鼻を鳴らした。

 だが、少しだけ感心したようでもあった。

 俺は熾火を枯れ草に移し、小さな火種を持てるように整える。

 そして、尖らせた木の枝を一本作った。

 簡易槍だ。

『それで熊、倒す?』

「無理に決まってんだろ」

『弱い』

「知ってる」

 でも、魚くらいなら獲れるはずだ。

 俺は白狐を連れて、洞窟の外へ出た。

 吹雪は止み、空は青かった。

 目の前には、信じられない景色が広がっている。

 どこまでも続く雪原。

 遠くの森。

 青白い氷の谷。

 そして、地平線の向こうを歩くマンモスの群れ。

 朝日に照らされ、その毛並みが黄金色に光っていた。

「……すげえな」

『毎日いる』

「慣れって怖いな」

 この世界は、綺麗だ。

 でも、同時に、残酷だ。

 油断したら死ぬ。

 その現実が、景色の美しさを逆に際立たせていた。

 狐の案内で、岩場の下へ降りる。

 そこには、凍りかけの川が流れていた。

 水面には薄氷。

 だが、中央は流れている。

「よし……」

 俺は川辺にしゃがみ込む。

 流れ。

 影。

 水草。

 いる。

 小魚だ。

 しかも、群れてる。

 問題は、どう獲るか。

 素手は無理。

 網もない。

 なら、浅瀬に追い込む。

 俺は川岸の石をいくつも集め、小さな囲いを作った。

 水の流れを少しだけ変える。

 魚が逃げる道を限定する。

 前世で動画で見た、原始的な魚捕りだ。

 やるしかない。

 白狐が、じっと見ている。

『何してる』

「罠」

『また変なこと』

「変なことが人間の武器なんだよ」

 水は刺すほど冷たい。

 足を入れた瞬間、悲鳴が出そうになった。

「っっっ……!」

 だが、我慢。

 石を置き、流れを調整し、魚を誘導する。

 十分ほど格闘し、ようやく狭い溜まりができた。

「……今だ!」

 木槍を突き出す。

 バシャッ!

 外れ。

「くそ!」

 もう一度。

 魚が跳ねる。

 冷たい水が顔にかかる。

「ちょこまかと……!」

 三度目。

 集中。

 呼吸を止める。

 水の揺れを見る。

 魚の癖を読む。

 そして――

 突く。

 ぐさっ。

「……!」

 手応え。

 槍先に、小ぶりな魚が刺さっていた。

「よっしゃああああ!!」

 思わず叫ぶ。

 白狐が、耳を伏せた。

『うるさい』

「うるさくもなるわ!」

 俺は、魚を掲げた。

 小さい。

 でも、立派な食料だ。

 この世界で、自分の手で得た最初の命。

 胸の奥が、熱くなる。

「……ありがとうな」

 誰にともなく、そう呟いた。

 生きるって、こういうことだ。

 食って、寝て、工夫して、また明日を迎える。

 単純だけど、重い。

 俺は魚を持って洞窟へ戻った。

 火で炙る。

 脂が、じゅっと弾けた。

 香ばしい匂いが広がる。

 その瞬間。

 狼の子どもたちが、ぴくりと鼻を動かした。

『いい匂い……』

 母狼も、じっと見ている。

 白狐なんて、尻尾をぶんぶん振っていた。

『早く』

「お前ら……」

 俺は苦笑した。

 せっかくの初獲物。

 本当は全部食いたい。

 でも。

 ここで独り占めしたら、この先はない。

 俺は魚を四つに裂き、一切れを口に入れた。

 うまい。

 泣きそうなくらい、うまい。

「……っ」

 塩もない。

 味付けもない。

 ただ焼いただけ。

 なのに、こんなにうまい。

 残りを、そっと狼たちの方へ滑らせる。

「ほら」

 母狼が警戒しながら近づき、匂いを嗅ぐ。

 そして、ぱくりと食べた。

 目が、少しだけ柔らかくなった気がした。

『……悪くない』

「上からだな」

 白狐が、自分の分を抱えていた。

『お前、使える』

「それ褒めてる?」

『まあまあ』

 子狼たちが、小さく尻尾を振っている。

 焚き火。

 魚。

 仲間。

 昨日まで全部なかったものだ。

 それが、少しずつ増えていく。

 俺は、魚の骨を見つめながら、静かに呟いた。

「よし。次は、ちゃんとした服と、ベッドだな」

 白狐が、目を細めた。

『欲張り』

「生きるってのは、そういうことだ」

 そう言った、その時だった。

 ――グオオオオオオオオオオッ!!

 遠く、山の向こうから。

 腹の底を揺らすような、凶悪な咆哮が響いた。

 洞窟の空気が、一瞬で張り詰める。

 母狼が立ち上がる。

 子狼たちが、怯えて鳴く。

 白狐の尻尾が、ぶわっと膨らんだ。

『……大きいのだ』

 俺は立ち上がった。

 魚の骨を、静かに置く。

「……今度は何だよ」

 返事はない。

 ただ、遠くの空で、鳥の群れが一斉に飛び立っていた。

 この世界は、まだ俺に優しくなる気なんて、まるでないらしい。


私の大半の作品は、アルファポリスにあります。

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