第38話 黒木の貨
白き谷の外れ。
太狼市街のすぐ近くに、それは生えていた。
真っ黒い木。
光を吸うような色。
そして――異様に硬い。
シロガネが鼻を鳴らす。
『これ、普通じゃない』
ユキも低く言う。
『重い匂い』
俺は幹に手を当てる。
冷たい。
まるで石だ。
「これにする」
シリカが首をかしげる。
『これを……?』
「通貨だ」
周囲が静まる。
クロベが頷く。
『あー……いいですね』
『数が限られてる』
俺は木を見上げる。
「八本しかない」
「偽造は無理だ」
■黒木貨の加工
切り出す。
重い。
硬い。
だが割ライナい。
裂牙族の戦士、二十人を集めた。
「これを削れ」
最初は苦戦する。
だがすぐに慣れる。
削る。
削る。
削る。
やがて形が揃い始める。
俺は見本を置く。
「小貨」
丸い。
三センチほど。
「中貨」
四センチの正方形。
「大貨」
五×四の長方形。
シリカが目を丸くする。
『形で分かるんですね』
「ああ」
クロベが補足する。
『認識コスト削減ですね』
「そういうことだ」
価値も決める。
「中貨は小貨十枚分」
「大貨は中貨十枚分」
つまり――
大貨一枚で、小貨百枚分。
リグが低く唸る。
『……でかいな』
「だから重い」
最後に刻む。
印。
槍の形。
簡単だが、統一されている。
クロベが小さく言う。
『あー……これで信用が乗ります』
■ルール
全員を集める。
白き谷。
リグの村。
裂牙族。
全員だ。
俺は黒木貨を掲げる。
「これが通貨だ」
ざわつく。
当然だ。
「これで物を交換する」
キバオウが腕を組む。
『これに価値があるのか』
「ある」
短く言う。
「俺が決める」
沈黙。
それで十分だった。
「偽造は禁止だ」
「作ったら――村追放」
空気が凍る。
リグが笑う。
『分かりやすい』
■配布と運用
「仕事をすれば配る」
「どの仕事でも、小貨七から十」
シリカが頷く。
『頑張り次第ですね』
「判断は管理長がやる」
ミルカドが一歩前に出る。
『任せろ』
「管理長は中貨十枚」
「怠慢なら減らす」
キバオウが鼻を鳴らす。
『いいな』
「物の値段は後で決める」
まずは――慣れさせる。
俺は三人に渡す。
リグ。
ミルカド。
キバオウ。
それぞれに、束で。
「配れ」
『了解だ』
『任せろ』
『問題ない』
短い返事。
だが重い。
族長たちには、俺が直接渡す。
手に乗せる。
重みを感じさせる。
それが“価値”になる。
■最初の動き
女たちが布を織る。
ユナが配る。
黒木貨が渡る。
男が魚を持ってくる。
交換する。
一瞬だけ、止まる。
そして――成立する。
シリカが息を飲む。
『……動いた』
ユキが小さく言う。
『変な流れ』
シロガネも。
『でも続く』
クロベが静かに呟く。
『あー……回り始めましたね』
「何がだ」
『経済です』
システムが表示する。
【通貨システム:稼働開始】
流通率:低 → 上昇中
信頼度:初期形成
都市レベル:52% → 61%
俺は黒木貨を一枚、手の中で転がす。
軽い。
だが重い。
これはただの木じゃない。
“価値”だ。
そして――
世界を変えるものだ。




