第37話 ふかふかと価値
朝の白き谷。
空気は冷たいのに一角だけ、やけに温かい。
『タカシ!見て!』
ユナが走ってきた。
手に持っているのは、布。
いや、ただの布じゃない。
厚みがある。
柔らかい。
俺は受け取る。
「……なんだこれ」
『綿を編んだの!』
一瞬、理解が遅れる。
そして気づく。
「タオルか」
顔に当てる。
ふかっ。
思わず声が出そうになる。
柔らかい。
暖かい。
水を吸いそうな感じもある。
完全に“文化”だ。
シリカが触って驚く。
『なにこれ……気持ちいい……』
ユキも興味を示す。
『柔らかい』
シロガネは無言で顔をこすりつけていた。
俺はそのまま、リグのところへ向かう。
「これやる」
ぽん、と渡す。
リグが受け取る。
『……なんだ?』
「顔に当ててみろ」
半信半疑でやる。
そして――
『……っ!!』
固まる。
そのまま何度もこする。
『気持ちいい……』
顔が緩む。
完全にやられた顔だ。
『お前が一番だ……』
『い・いいのか?これ』
「ああ。いつも酒もらってるしな」
リグはしばらくタオルを離さなかった。
クロベが横で小さく言う。
『あー……これは流行りますね』
俺はユナを見る。
「量産できるか?」
『できます!』
「人は?」
『手伝ってくれる人、います』
「組織化しろ」
ユナが一瞬きょとんとする。
「空いてる女を使え」
「作業分けて、効率上げろ」
『……はい!』
その目が変わる。
ただの作り手から、“運営側”へ。
■月の概念
その後。
俺は三人を呼んだ。
キバオウ。
リグ。
ミルカド。
四人で円になる。
「これから定期で集まる」
木の板を出す。
刻みを入れてある。
『なんだそれ』
「カレンダーだ」
説明する。
「朝が来たら一つ進める」
「ここに丸をつける」
「この日に集まれ」
リグが眉をひそめる。
『決めて動くのか』
「ああ」
クロベが横で頷く。
『あー……時間管理ですね』
■第一回会議
木の板の丸の日。
四人が集まる。
火を囲む。
これは戦いじゃない。
“運営”だ。
「順番に報告しろ」
俺が言う。
■ミルカド
『アグニの漁が順調だ』
『干し魚の備蓄が増えている』
頷く。
食料は重要だ。
『それと』
『ユナの布作り、十五人で回している』
ユナが少し誇らしげにする。
いい流れだ。
■キバオウ
『問題が一つ』
顔が渋い。
『喧嘩だ』
「理由は」
『隣の畑に勝手に種を植えた』
なるほど。
土地問題か。
「結果は」
『育ったら、その土地の持ち主のもの』
俺は少し考える。
「……いい」
キバオウが頷く。
『双方納得した』
それでいい。
重要なのは“納得”だ。
■リグ
『酒が足りない』
即答だった。
「早いな」
『需要が増えすぎた』
『毎日来る』
『もう宴会できない』
深刻な顔だ。
酒が“資源”になっている。
クロベが小さく言う。
『あー……典型的ですね』
全員の視線が俺に来る。
次は俺の番だ。
俺は一つだけ言った。
「通貨が必要だな」
全員が止まる。
『通貨?』
リグが首をかしげる。
「今は物と物を交換してる」
「でもそれは不安定だ」
キバオウが眉をひそめる。
『機嫌で変わる』
「そうだ」
「だから一定の価値を持つものを作る」
「それと交換する」
沈黙。
理解していない顔だ。
無理もない。
概念が新しすぎる。
ミルカドが言う。
『……それで何が変わる』
「全部だ」
短く答える。
だが、これ以上説明しても無駄だ。
だから俺は言う。
「まぁ任せろ」
それでいい。
最初は理解さライナくていい。
結果で分からせる。
クロベが横で小さく笑った。
『あー……ついに来ましたね』
「何がだ」
『経済です』
その言葉が、静かに響いた。
「お前はいったい何者なんだ?」
笑った。




