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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第32話 海へ、そして白い実


 北の森で、乾いた音が響いていた。

 ゴッ、ゴッ、ゴッ――

 アグニが、巨大な丸太を叩いている。

「……まだやってたのか」

 タカシが呆れ半分で声をかける。

 そこにあったのは――

 一本の大木をくり抜いた、船。

 いや、正確には。

「でかい風呂だな」

「うるせぇ!」

 アグニが振り向いて怒鳴る。

「船だ! 船!」

 確かに、船ではある。

 だが、形が問題だった。

 底は丸く、幅も広すぎる。

 水に浮かべば安定はするだろうが――

「進まないぞ、それ」

「……やっぱりか?」

「抵抗デカすぎる」

 タカシは、しゃがみ込んで木肌を叩いた。

「もっと細く、前を尖らせろ」

「尖らせる?」

「水を切る形にするんだよ」

 手で空中に形を描く。

 前は鋭く。

 中央は少し膨らみ。

 後ろは絞る。

「こうすれば、水を押し分けて進める」

 アグニが目を細めた。

「……なるほどな」

 理解は早い。

 さすが、こいつは“作る側”の人間だ。

「よし、削る」

「丸一日かかるぞ、それ」

「やる」

 即答だった。


 その日。

 アグニは、ほとんど喋らなかった。

 ただ、削る。

 ひたすら、削る。

 そして――

「それ、何だ?」

 タカシは、ふと手元を見た。

 アグニの手には、見慣ライナい道具。

 刃のようなものが、木に沿って滑る。

 すーっ、と。

 驚くほど、綺麗に削れていく。

「これか?」

 アグニがニヤリと笑う。

「蛇の鱗だ」

「……は?」

「お前が倒した、あの海蛇のな」

 あの巨大な蛇。

 あの時の鱗。

「重ねて、角度つけて、木に当てると……こうだ」

 すーっ。

 木が、紙みたいに削れる。

「カンナみたいなもんか……!」

「カンナ?」

「削る道具だ」

「いい名前だな、それ」

 アグニは満足そうに頷いた。

「これは“カンナ”だ」

 文明が、また一つ進んだ。


 日が沈み。

 また昇り。

 丸一日後――

「……できた」

 アグニが、息を吐いた。

 そこにあったのは。

 さっきまでの“風呂”とは、まるで別物だった。

 細く。

 長く。

 前が鋭く尖っている。

「……いいな」

 タカシは、素直に頷いた。

「だろ?」

 アグニが笑う。

 少し、誇らしげに。


 そして。

 いよいよ――

 浸水式。

 村民たちが集まる。

 狼たちも、興味深そうに見ている。

『あれ、乗るの?』

 シロが首を傾げる。

「そうだ」

『落ちるぞ』

「縁起でもないこと言うな」

 タカシは苦笑した。

「よし……押せ!」

「おおおおお!!」

 男たちが、船を押す。

 砂を滑る。

 軋む音。

 そして――

 すっと、水に入った。

 船は、沈まない。

 浮いた。

「おお……!」

 歓声が上がる。

「乗るぞ!」

 漕ぎ手4人。

 船長、アグニ。

 タカシは岸から見送る。

「いけるか?」

「いける!」

 アグニが叫ぶ。

 オール代わりの木を水に入れる。

 ぎこちないが――

 動いた。

 前に、進む。

「進んでる……!」

 誰かが呟く。

 船は、そのままゆっくりと沖へ出た。

 50メートル。

 80メートル。

 そして――

 100メートルほど沖合へ。

 波は穏やか。

 風もない。

「……止めろ! 戻るぞ!」

 アグニの声。

 船は、ゆっくりと向きを変えた。

 そして――

 無事、浜へと戻ってきた。

 ざばっ。

 砂に乗り上げる。

 一瞬の静寂。

 そして――

「やったぁぁぁぁぁ!!」

 アグニが飛び降り、拳を突き上げた。

 歓声が爆発する。

 村民たちが駆け寄る。

「すげぇ!」

「浮いたぞ!」

「海に出たぞ!」

 アグニは笑っていた。

 だが、その目には――

 少しだけ、恐れもあった。

「……怖ぇな、海」

「だろうな」

 タカシは頷く。

「でも、楽しいだろ」

「……ああ」

 アグニは、もう一度船を見た。

「もっと遠く、行けるな」

 好奇心が、勝っていた。


 船は、浜辺に引き上げられた。

 蔓で結び、重りの岩に固定する。

 これで流さライナい。

「よし……」

 タカシは、ふと空を見た。

 そして、思い出したように言う。

「なあ、アグニ」

「ん?」

「綿、見たことあるか?」

「……綿?」

 アグニが首を傾げる。

「ふわふわした、白い実だ」

「……ああ」

 少し考えて。

「あったな、そういうの」

「どこだ?」

「覚えてねぇ」

「おい」

「でも、いっぱい生えてた気がする」

 それだけで、十分だった。

 タカシは、にやりと笑った。

「探すぞ」

「何に使うんだ?」

「網だ」

「網?」

「魚を捕る」

 タカシは、海を指差した。

「あの中、全部食い物だぞ」

 アグニが、息を呑んだ。

「……マジかよ」

「マジだ」

 さらに――

「布にもなる」

「布?」

「服だ。寝るやつも作れる」

 毛皮じゃない。

 もっと軽くて、扱いやすいもの。

「……すげぇな」

 アグニが呟く。

「だろ?」

 タカシは振り返った。

「偵察隊、出すぞ」


 その日のうちに。

 タカシは、全員を集めた。

「二人一組だ」

「東西南北と、もう一方向」

「五方向に分かれて、探索する」

 地面に、簡単な図を描く。

「戻ってきたら、見たもの全部話せ」

「道、川、森、動物、全部だ」

「地図を作る」

 村民たちがざわつく。

「地図……?」

「場所を覚える方法だ」

 タカシは頷いた。

「これがあれば、迷わない」

「資源も見つかる」

 そして――

「綿を探せ」

 全員の目が、引き締まった。

 新しい時代が、始まる。

 海。

 船。

 そして――

 繊維。

 文明は、次の段階へ進もうとしていた。



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