第31話 燃えないものへの対策
黒い獣が、雪解けの地面を這うように迫る。
『ギャアアアアア!!』
裂けた喉から、濁った声。
タカシは一歩引き、視線を走らせた。
(火は効く……でも、あれは“燃える個体”だった)
熊も鹿も、火で倒せた。
だが、目の前のこれは違う。
後ろにある“源”。
あの巨大な赤黒い石。
あれが、供給している。
「……再生型か」
思わず口に出る。
『さいせい?』
「壊しても、元から作り直すタイプだ」
シロが顔をしかめた。
『嫌なやつ』
「最悪なやつだ」
タカシは深く息を吸った。
考えろ。
前世の知識。
この世界での経験。
全部使え。
(火は有効。でも決定打じゃない)
(原因は“あの石”)
(なら――)
「本体を潰す」
短く言う。
アグニが目を見開いた。
「近づけるのか!? あんなのに!」
「普通に行ったら無理だな」
タカシは頷いた。
黒い獣が数体、前に出る。
守ってる。
あの石を。
(ガードがいる。無限湧き)
(正面突破は消耗戦)
(じゃあどうする)
頭の中で、いくつもの選択肢が浮かぶ。
■案1:火力増強
(もっとデカい火)
倒木を大量に集めて、一気に燃やす。
だが――
(時間が足りない)
準備中に囲まれる。
却下。
■案2:酸欠
(火は酸素を奪う)
密閉して燃やせば、内部ごと窒息させられる。
だが――
(屋外だ。無理だな)
風がある。
成立しない。
■案3:遮断
(供給を止める)
石と獣の“繋がり”を断てばいい。
だが――
(どうやって?)
見えない。
これも難しい。
■案4:埋める
ふと、手が止まった。
(……埋める?)
土。
ここは森だ。
柔らかい地面。
大量にある。
(あの石、地面から生えてる)
(なら逆に――)
「埋めるか」
「は?」
アグニが間の抜けた声を出した。
「穴掘って、あれごと埋める」
「正気か!?」
「理屈はある」
タカシは、地面を指差した。
「火は効く。でも燃え続けない」
「なら、酸素を断つしかない」
「土で覆えば、火も、動きも封じられる」
シロが、じっと石を見る。
『……息できなくする?』
「そう」
『嫌いそう』
「だろ?」
ユキが低く唸った。
『やる』
迷いはなかった。
狼たちも、地面をかく仕草をする。
掘る気だ。
「よし、役割分けるぞ!」
タカシが声を張る。
「狼は周囲の奴を引きつけろ!」
「村民は外周から穴掘れ!」
「俺は――道を開ける!」
熊爪槍を構える。
熱い。
血が巡る。
怖さはある。
でも――
今は、考えがある。
「行くぞ!!」
タカシが飛び出した。
黒い獣が、襲いかかる。
槍で薙ぐ。
ぐしゃり、と崩れる。
だが――
すぐに後ろで、また湧く。
「チッ……!」
(やっぱ無限か!)
「ユキ! 右!」
『任せろ!』
ユキが吠える。
ハヤテとゴウが側面から駆け、敵を引きつける。
コマが素早く喉に食らいつく。
連携ができている。
(いい動きだ……!)
タカシは一気に前へ出る。
黒い石が、目前に迫る。
どくん。
どくん。
嫌な鼓動。
近づくだけで、頭が痛い。
「……これが元か」
槍を握る手に、力を込める。
だが――
突いても意味がない。
壊しても、供給される。
「時間稼ぐぞ!」
後ろでは、村民たちが必死に土を掘っている。
手で。
石で。
必死に。
穴が、少しずつ広がる。
「もっとだ! 深く!」
「うおおおお!!」
叫び声。
土が飛ぶ。
汗が流れる。
その間も――
黒い獣は、増え続ける。
『多すぎる!』
シロが叫ぶ。
「分かってる!」
(足りない……!)
(このままだと押し切られる!)
その時だった。
タカシの視界に、“何か”が映る。
石の表面。
脈打つ赤。
その中に――
細い、筋のようなもの。
「……線?」
よく見る。
それは、地面へと伸びていた。
根のように。
血管のように。
「……そういうことか」
タカシは、息を吐いた。
「供給ラインだ」
『らいん?』
「繋がってる」
なら――
「そこを断てばいい」
タカシは、足元の土を蹴った。
そして――
「そこ掘れ!!」
一点を指差す。
「石の下じゃない! 周りだ!」
村民たちが、はっとする。
「そこに“通り道”がある!」
「切れば、止まる!!」
迷いはなかった。
全員が、一斉に掘る方向を変える。
狼たちも、そこへ集中する。
黒い獣が、慌てたように動いた。
『ギィィィィ!!』
「ビンゴだ!」
タカシは笑った。
「守る場所がバレたな!」
熊爪槍を振るう。
道をこじ開ける。
「掘れええええええッ!!」
叫びが、森に響く。
土が崩れる。
根のような黒い線が、露出する。
脈打っている。
気持ち悪い。
「それだ!!」
タカシは、燃える枝を掴んだ。
「焼き切る!!」
炎を、叩きつける。
じゅうううううっ!!
嫌な音。
黒い線が、のたうつ。
そして――
ぶつん、と。
切れた。
その瞬間。
黒い石の鼓動が――止まった。
静寂。
黒い獣たちが、一斉に崩れ落ちる。
泥のように、溶ける。
煙が、消える。
風が、戻る。
「……止まった?」
アグニが呟く。
「止めた」
タカシは、その場に膝をついた。
息が荒い。
だが――
確かな手応えがあった。
「火だけじゃない」
「繋がりを断てば、終わる」
シロが、ぽつりと言う。
『頭いい』
「知識だ」
タカシは笑った。
「前に死んだ分な」
東の森の奥。
“冬の病の源”は、初めて、止められた。




