第30話 東の森の煙
最初に気づいたのは、見張りだった。
カン、カン、カン――
乾いた木の音が、朝の空気を裂く。
「どうした!」
タカシが見張り塔を見上げる。
「煙だ! 東の森の奥から、煙が上がってる!」
東。
海とは反対側。
深い森が続く、未踏の領域だ。
「煙……?」
タカシは目を細めた。
この世界で、煙が意味するものは一つ。
「火を使ってる……?」
つまり――人間か。
だが。
『違う』
足元で、ユキが低く唸った。
『あの匂い、変』
シロも耳を伏せる。
『森が、嫌がってる』
「森が?」
意味が分からない。
だが、ただの焚き火じゃないのは確かだ。
「偵察だ」
タカシは即断した。
「俺と数人、それと狼で行く。残りは警戒を続けろ」
「はっ!」
すぐに動き出す村民たち。
もう、指示は通る。
タカシは槍を取り、熊毛の外套を締めた。
「行くぞ」
ユキ、ハヤテ、ゴウ、コマが静かに並ぶ。
シロは、いつものようにひょいと肩に飛び乗った。
『嫌な予感しかしない』
「俺もだ」
だが、放ってはおけない。
煙があるなら、何かがある。
それが敵なら、早めに知るべきだ。
タカシたちは、東の森へ踏み込んだ。
森の奥へ進むにつれて、空気が変わる。
湿っている。
そして――重い。
「……臭うな」
アグニが顔をしかめた。
焦げた匂い。
だが、普通の煙じゃない。
どこか、腐ったような。
生臭いような。
『冬の病』
シロが、小さく呟いた。
「……やっぱりか」
タカシの背筋に、冷たいものが走る。
熊。
鹿。
あの赤黒い石。
同じ気配がする。
やがて。
木々の隙間から、煙の正体が見えた。
「……なんだ、あれ」
思わず、足が止まる。
そこにあったのは――
焼けた地面だった。
円形に、ぽっかりと森が死んでいる。
草も、木も、黒く焦げている。
その中心に――
何かがあった。
黒い塊。
ゆっくりと、脈打っている。
「……石?」
いや、違う。
あれは。
熊の中にあった“あれ”と同じだ。
だが――
でかい。
人の背丈ほどある。
赤黒い光が、どくん、どくんと脈打つたびに。
周囲の空気が、歪む。
『……最悪』
シロの声が、震えた。
『あれ、元だ』
「元?」
『冬の病の、元』
その瞬間。
黒い地面の中から――
ぐちゃり、と音がした。
「っ!?」
土が、盛り上がる。
そこから現れたのは――
動く、何かだった。
鹿でもない。
熊でもない。
だが、元はそうだったのかもしライナい。
身体が崩れている。
骨が歪み、肉が垂れ、黒く染まっている。
目だけが、赤い。
『ギィ……』
低い、擦れた声。
それが、こちらを見た。
「……やばいな、これ」
タカシは、槍を構えた。
明らかに、今までと違う。
“個体”じゃない。
“源”に近い何かだ。
『増える』
ユキが唸る。
『あれ、増やす』
黒い石が脈打つたびに。
地面が、ぬるりと動く。
新しい“何か”が、生まれようとしている。
「……燃やすしかないな」
タカシは、低く言った。
火。
あれに効くのは、分かってる。
だが――
「問題は、近づけるかだ」
じり、と一歩踏み出す。
その瞬間。
黒い獣たちが、一斉に動いた。
『ギャアアアアア!!』
「来るぞ!!」
タカシが叫ぶ。
狼たちが散開。
村民たちも、槍を構える。
東の森の奥で。
“冬の病”との、本当の戦いが始まろうとしていた。
一方、その頃。
太狼市街では――
「……あライナんか暖かくない?」
ユナが、不思議そうに畑を見ていた。
トイレから運ばれた土を混ぜた畑。
そこから、ほんのりと湯気が立っている。
そして――
作物の色が、濃すぎた。
「こんなに早く、育つもんなの……?」
誰も、答えらライナい。
ただ一つ、確かなのは。
東の森だけじゃない。
この街の中でも――
“何か”が、変わり始めているということだった。




