第29話 土は巡る
トイレの匂いが――消えた。
「……あれ?」
最初に気づいたのは、ユナだった。
「臭く、ない……?」
誰もが顔をしかめていた場所。
あの柵の向こう。
だが今は――
不思議な匂い。
土とも違う。
腐敗でもない。
ほんのり温かく、どこか甘いような。
「なんだこれ……」
タカシも近づく。
鼻を近づける。
「……発酵してるな」
『はっこう?』
シロが首を傾げる。
「分解してるんだ。見えない小さいやつが」
『小さいやつ?』
「……まあ、群れだ」
『またそれ』
適当に流す。
だが、これはただの偶然じゃない。
土をかける。
踏み固める。
時間が経つ。
その繰り返しで――
“何か”が増えた。
「木くずを入れてみろ」
タカシは指示した。
木を切った時に出る削りカス。
それを、トイレに撒く。
「こんなんで変わるのか?」
半信半疑。
だが、やるしかない。
ぱらぱらと撒く。
数日後。
「……あったかい」
誰かが言った。
確かに。
湯気が立っている。
ほんのりと。
「温度が上がってる……」
タカシは目を細めた。
「いいぞ」
『何が?』
「うまくいってる」
さらに数日。
匂いは、ほぼ消えた。
むしろ――
「なんか、落ち着く匂い……」
そんなことを言い出す者までいる。
『変態』
「違う」
タカシは即答した。
「これは成功だ」
「これ、畑に使えるかもしライナい」
タカシは言った。
周囲がざわつく。
「え?」
「それ……を?」
当然の反応だ。
「そのままじゃない」
タカシは説明する。
「時間を置いて、土みたいになったやつだけ使う」
つまり――
分解された後。
「植物の栄養になる可能性がある」
「ほんとか……?」
「やってみるしかない」
試す。
一部の畑。
麦もどきの草。
そこに、よく分解された“それ”を混ぜる。
正直、全員が半信半疑。
というか、半分は嫌がっている。
だが――
数日後。
「……あれ?」
変化が出た。
葉が、違う。
色が濃い。
艶がある。
「なんか……元気じゃないか?」
さらに数日。
明らかに成長が早い。
「伸びてる……!」
「太いぞこれ!」
歓声。
疑いが、確信に変わる。
「すげえ……」
キバオウが、ぽつりと呟いた。
「汚いものが……飯になる……」
「循環だ」
タカシは言う。
「無駄はない」
ミルカドも、深く頷いた。
「大地に返す、か……」
その日から。
トイレは、ただの排泄場所じゃなくなった。
資源になった。
“土を作る場所”になった。
タカシは、静かに考える。
(水、木、土……)
揃ってきた。
生きるための基盤が。
だが――
同時に、別の問題も見えてきた。
畑が増える。
食料が増える。
人も増える。
すると――
「足りねえな……」
誰かが呟いた。
「何がだ?」
「土地だよ」
そう。
限界が見え始めていた。
城壁の中。
安全だが、狭い。
畑も、家も、全部ここに押し込んでいる。
(いずれ溢れる)
タカシは、外を見る。
城壁の向こう。
まだ手つかずの大地。
だが――危険もある。
その時。
見張り塔から音が鳴った。
カン、カン、カン!!
「……またか」
タカシは顔を上げる。
ただの警戒音じゃない。
急ぎの合図だ。
「何だ!」
叫ぶ。
上から声が飛ぶ。
「……煙だ!」
「煙?」
「東の森! 煙が上がってる!」
ざわめき。
火事か?
それとも――
「人か……?」
タカシは、目を細めた。
また、新しい何かが来る。
この街に。




