第33話 広がる地図と白い恵み
太狼市街の中央、まだ土の匂いが残る広場に、一本の杭が打ち込まれていた。
その周りに、削った木板が円状に並べられている。
「……で、これが北班の報告だな」
タカシは木簡を手に取り、地面に簡単な線を引いた。
炭で描かれたそれは、まだ歪だが確かに“地図”だった。
北には森。
西には川。
南は海。
そして東。
「……東に“闇の森”か」
ユナが記した文字を見て、タカシは眉をひそめる。
「昼でも暗い森、か。嫌な予感しかしねぇな」
白狐ハクが、肩の上で尻尾を揺らした。
『あそこ、嫌い。匂いが死んでる』
「死んでる?」
『生き物の匂いが薄い。変』
それはつまり“普通じゃない場所”。
さらに別の木簡を開く。
「こっちは……湖?」
『でかい水だまり!』と書かれている横に、雑な魚の絵。
タカシは思わず笑った。
「いいな。水源が増えるのは助かる」
そしてもう一枚。
「……他部族、か」
そこにはこう記されていた。
“沢山の人、沢山の家。武器。目。の絵”
「この目は見られたって事か?」
中規模。
おそらく、太狼市街と同等か、やや上。
「……来るかもな」
静かに呟くと、ユキがすぐ隣で低く唸った。
『来るなら、噛む』
「頼もしいな」
タカシは地図全体を見渡した。
点と線。
バラバラだった情報が、少しずつ繋がっていく。
「……世界、広いな」
誰にともなく呟いた。
だが同時に——
「だから、先に取る」
資源も、場所も、技術も。
その一つが——綿花だった。
綿花地帯は、思った以上に広かった。
腰の高さほどの植物に、白いふわふわがいくつも付いている。
「……これだよな」
タカシが一つ摘むと、軽くて柔らかい感触が指に広がった。
『雪みたい!』とコマがはしゃぐ。
「食うなよ」
『えっダメ?』
「ダメだ」
村人たちも最初は警戒していたが、危険がないと分かると一気に動き出した。
「全部取るぞ!」
声が上がる。
だが、問題があった。
「……これ、どうやって運ぶ?」
綿は軽いが、量が多い。
抱えるにも限界がある。
そこで、タカシは周囲の木を見た。
「……よし、作るか」
「何をですか?」とユナ。
「運ぶ道具だ」
数時間後。
「……できた」
タカシの前にあったのは——
木製のリアカー(手押し車)だった。
太めの枝を組み、底に細木を並べ、蔓で固定。
前方に持ち手。
そして中央には、丸太を削って作った簡易な“車輪”。
「これで押せば、一気に運べる」
村人たちは固まった。
「……動くのか、それ」
「見てろ」
タカシは綿を積み、ぐっと押す。
ギィ……と音を立てながらも、前に進んだ。
「おお……」
「おおお……!」
ざわめきが広がる。
「すげぇ!!」
「運べるぞ!!」
一気に歓声が上がった。
それは、ただの道具じゃない。
“重さからの解放”だった。
『なんかすごいことした?』とハク。
「地味だけどな。めちゃくちゃでかいぞ、これ」
その日、綿花は山のように集められた。
夜。
焚き火の周りで、タカシは綿を手にしていた。
「これを……こうやって」
指でほぐし、細く伸ばし、より合わせる。
くるくると撚っていくと——一本の糸になる。
「おお……」
ユナが目を輝かせた。
「繋がるんですね……!」
「繋げば長くなる。これで色々作れる」
服、縄、布、そして。
「まずは、これだな」
タカシは糸をさらに太くし、網状に編み始めた。
記憶を頼りに、形を作る。
「確か……広げて、重りつけて……袋状に……」
ぶつぶつ言いながら手を動かす。
村人たちは、静かに見守っていた。
やがて
「……できた」
広げる。
直径およそ2メートル。
縁には石を等間隔に括りつけてある。
「これが……網?」
「投げ網だ」
「投げる?」
「見てろ」
タカシは立ち上がり、網を畳む。
そして
「こう持って……こう!」
ぶわっ、と円を描くように投げた。
網が空中で広がり、地面に落ちる。
「……おおおお!!」
歓声。
「これで魚を取る。逃げ場をなくすんだ」
アグニが前に出た。
「やらせてくれ!」
「いいぞ。ただし難しいぞ」
アグニは網を持つ。
そして、投げる。
ぐしゃっ。
綺麗に広がらず、ぐちゃっと落ちた。
「……むずいなこれ」
「だろ?」
タカシは笑った。
「でもな、できるようになったら、食料が変わる」
海がある。
網がある。
つまり
「魚、取り放題だ」
その言葉に、村人たちの目の色が変わった。
食料の安定。
それは、生存そのもの。
アグニは、もう一度構えた。
「……やる」
何度も、何度も投げる。
失敗しても、また拾って。
夜遅くまで、その練習は続いた。
その様子を、少し離れた場所から見ている影があった。
闇の中。
静かに、じっと。
太狼市街を見つめている。




