第2章:太狼市街誕生 第27話 太狼市街
雪解けの地に、線が引かれていた。
人が集まり、火が灯り、壁が立つ。
もはやここは“村”じゃない。
「名前をつける」
タカシがそう言った時、周囲は一瞬きょとんとした。
「この集まりは――太狼市街だ」
狼と人が共に生きる街。
その意味を込めた。
ざわめきが起こる。
やがて、誰かが頷き、また誰かが声を上げた。
「……太狼市街」
「いい名だ」
言葉は、形を与える。
そして、形は意志になる。
「中心の村は“大老街”」
タカシは続ける。
「長老と古い民が住む場所だ」
ミルカドが、ゆっくり頷いた。
「そして――」
視線が、もう一つの村へ向く。
「隣の新しい村は“牙村”だ」
元敵の部族。
その名を、そのまま与えた。
ざわり、と空気が揺れる。
だが――キバオウが、静かに頭を下げた。
「……ありがたい」
その声に、敵意はなかった。
「名前負けしてるが、どうでもいいな」
タカシがぼそっと言うと、白狐――シロが横でくすっと笑った。
『ひどい』
「事実だろ」
『言うな』
キバオウは聞こえていないが、なんとなく空気で察したのか、少しだけ肩をすくめた。
その日から。
太狼市街は、三人の代表で動くことになった。
タカシ。
ミルカド。
キバオウ。
月に一度、会議を開く。
提案、問題、対策。
この世界にはまだない“政治”の形が、静かに生まれた。
最初の会議。
簡素な木の屋根の下。
火を囲み、三人が座る。
「では、始めるか」
タカシが言う。
ミルカドが口を開いた。
「まず、一つ報告がある」
「なんだ?」
「アグニが……船を作りたいと言っておる」
「船?」
タカシは眉を上げた。
ミルカドが頷く。
「北の森に生えている太い木を伐り出してほしいと」
「……海に出るつもりか?」
「そのようだ」
少しの沈黙。
「なぜ海に出る?」
タカシが問うと、ミルカドは困った顔をした。
「聞いたところ――」
一拍。
「“ロマンがある”とのことだ」
「……」
タカシは、空を見た。
青い。
広い。
「……まあ、分からんでもない」
『分かるの?』
シロが呆れた声を出す。
「少しな」
タカシは小さく笑った。
「いいだろう。やらせろ」
ミルカドが驚いた顔をする。
「よろしいのか?」
「船は使い道がある。魚も取れるし、遠くにも行ける」
それに――
(外の世界も見たいだろうしな)
口には出さない。
「ただし魚を捕るのが条件だ」
「はい」
「木を切る人員を回せ。屈強な男を三人」
「御意」
ミルカドが深く頭を下げる。
「キバオウは?」
タカシが視線を向ける。
元敵リーダーは、少し考えてから答えた。
「特には……ない」
「順調か」
「はい。防壁も一メートルほどになりました」
タカシは頷いた。
あの簡易測定の“メートル定規棒”も、ちゃんと使われているらしい。
「よし」
タカシは、少し前に乗り出した。
「じゃあ一つ命令だ」
キバオウの背筋が伸びる。
「敷地内に畑を作れ」
「畑……?」
「食料を自分たちで増やす」
タカシは、腰の袋から草を取り出した。
「これは麦に似た草だ。あと、これはアイヌネギ」
キバオウが目を丸くする。
「これを……植える?」
「そうだ」
「食えるのか?」
「食える。しかも増える」
沈黙。
やがて、キバオウがゆっくり頭を下げた。
「……御意」
その仕草は、ミルカドと同じだった。
元敵も、長老も、同じように頭を下げる。
それが、今の秩序だった。
会議は短かった。
だが、その内容は重い。
船。
防壁。
農業。
一つ一つが、“文明”だ。
会議が終わった後。
タカシは外に出た。
太狼市街。
まだ未完成の街。
だが。
人が動き、火が揺れ、声が響く。
狼たちがその間を歩く。
誰も、もう石を投げない。
子どもが、ハヤテの背に手を伸ばす。
少し怖がりながら、それでも触れる。
ハヤテは、じっとしていた。
『くすぐったい』
「我慢しろ」
『えー』
その様子に、大人たちが笑う。
変わった。
確実に。
遠くでは、アグニがすでに木を見上げていた。
でかい。
確かに船になりそうだ。
「やる気満々だな……」
『あれ、絶対変なことする』
「だろうな」
でも。
それでいい。
変なことをする奴が、世界を進める。
タカシは、ゆっくり息を吐いた。
「……街、か」
ついこの前まで、ただ生き延びるだけだった。
今は違う。
作っている。
未来を。




